断片
その日も。
セリアは神殿へ来ていた。
もはや誰も止めない。
門番も慣れたものだった。
「今日もか」
「今日もです」
笑いながら答える。
そして中庭へ向かった。
いつもの場所。
いつもの時間。
ユリアは今日もそこにいた。
木陰のベンチ。
静かに本を読んでいる。
「こんにちは」
「ああ」
短い返事。
セリアは隣へ座った。
それが当たり前になっていた。
しばらく沈黙。
風が吹く。
鳥の声が聞こえる。
心地良い時間だった。
「ユリアさん」
「何だ」
「その本面白いですか」
「普通だ」
「面白くないんですね」
「そういう訳じゃない」
いつものやり取り。
セリアは小さく笑った。
その時だった。
風が吹く。
ユリアの胸元が揺れる。
服の内側から何かが覗いた。
青い石。
「……え」
セリアの動きが止まる。
見覚えがあった。
どこで見たのか分からない。
だが。
知っている。
絶対に知っている。
視界が揺れた。
青い耳飾り。誰かの手。笑い声。
『似合ってる』
優しい声。額に触れる温もり。
胸が苦しくなるほど愛しい誰か。
「っ……!」
激しい頭痛が走った。
セリアは思わず頭を押さえる。
「セリア!」
ユリアが立ち上がる。
支えようと手を伸ばす。
顔色が悪い。
呼吸も浅い。
「どうした」
返事がない。
セリアは目を閉じている。
頭の奥で何かが暴れていた。
知らない記憶。
知らない感情。
知らないはずなのに。
どうしてこんなに苦しいのか。
「セリア!」
ユリアの声。
そこでようやく現実へ引き戻される。
「だ……大丈夫です」
息を整える。
だが大丈夫ではない。
頭が痛い。
胸もざわつく。
何より。
涙が出そうだった。
理由も分からないのに。
ユリアはセリアの顔を見つめる。
嫌な記憶が蘇る。
十五年前。
何度も見た。
セレスの苦しそうな顔。
胸を押さえる姿。
無理に笑う姿。
そして。
少しずつ壊れていった姿。
「……また糸に触ったのか」
思わず口から出た。
セリアが顔を上げる。
「え?」
「白い糸だ」
ユリアの声は少し強かった。
「触ったのか」
「今日は触ってません」
即答だった。
嘘を吐いているようには見えない。
ユリアは黙る。
なら何故だ。
どうして突然。
こんな風に。
その時。
セリアの視線が再び胸元へ向く。
青い耳飾り。
それを見た瞬間。
胸が締め付けられた。
「それ……」
声が震える。
ユリアが耳飾りへ手を当てる。
無意識だった。
守るように。
隠すように。
「それがどうした」
少しだけ硬い声。
セリアは首を振る。
「分かりません」
本当に分からない。
「でも」
胸の奥が苦しい。
懐かしい。
悲しい。
愛しい。
感情だけが溢れてくる。
「知ってる気がするんです」
ユリアの鼓動が跳ねた。
青い耳飾り。
それは。
セレスの遺品だった。
誰にも見せたことはない。
誰にも話したことはない。
ただ一人。
自分だけが持っているもの。
なのに。
目の前の少女は反応した。
理由は分からない。
分からないはずなのに。
胸の奥がざわつく。
「……気のせいだ」
そう言うしかなかった。
セリアも頷く。
そうかもしれない。
そうでなければ説明できない。




