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前例のない少女



 夕方。


 神殿の門へ向かう途中だった。


 セリアは足を止める。


「あれ」


 白い糸。


 少し濃い糸が一本。


 人混みの近くに漂っている。


 見慣れた光景だった。


 だから。


 いつものように手を伸ばす。


 指先で触れる。


 ふっと消えた。


 それだけ。


 特別なことではない。


 昔から何度もやってきたことだった。


「セリア」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 ユリアだった。


「はい?」


 珍しく追い掛けてきている。


 ユリアは少し迷うように視線を逸らした。


 何を聞けばいいのか。


 自分でも分からない。


「今」


 短く言う。


「何をしていた」


 セリアは首を傾げた。


「糸を触りました」


 当たり前のように答える。


「見えてたので」


「昔からか」


「はい」


 即答だった。


「小さい頃からです」


 ユリアは黙る。


 セレスは違った。


 少なくともユリアの知る限り。


 あれが見え始めたのは最後の数か月。


 だから同じではない。


 同じではないはずだった。


「ずっと見えているのか」


「見えてますよ」


 セリアは不思議そうに答える。


「みんな見えてるんだと思ってました」


 ユリアは再び黙った。


 そんなはずはない。


 だが。


 目の前の少女は嘘を吐いているようには見えなかった。


「ユリアさん?」


「……いや」


 首を振る。


「何でもない」


 それ以上は聞かなかった。


 聞けば。


 何かが変わる気がした。


◇◇◇


 その夜。


 神官長室。


 机の上には調査資料が広がっていた。


 セリア。


 十五歳。


 平民。


 家族構成にも問題はない。


 出生記録も正常。


 洗礼記録も残っている。


 どこから見ても普通だった。


「何もありませんか……」


 神官長は小さく呟く。


 本当に何もない。


 だから説明が付かない。


 接続していないのに白い糸が見える。


 しかも触れる。


 さらに。


 国心環の蓄積量が大きく減少した。


 前例がない。


 記録にもない。


 神官長は椅子へ深く腰掛けた。


 そして。


 ふと昔を思い出す。


 十八年前。


 神殿へ来たばかりのセレス。


 まだ十五歳だった。


 聖女候補として選ばれた少女。


 努力家で。


 真面目で。


 誰よりも熱心だった。


 白い糸も見えていた。


 だが。


 それは接続中だけだった。


 歴代聖女と同じ。


 特別なことではない。


 神官長は記録を思い出す。



 接続時に白い糸を視認。


 異常なし。



 それだけだった。


 十五歳のセレスは普通だった。


 少なくとも。


 聖女としては。


 だが、今のセリアは違う。


 聖女ですらない。


 接続もしていない。


 それなのに見える。


 それなのに触れる。


「……分かりませんね」


 神官長は目を閉じた。


 十五年前。


 十八歳だったセレス。


 そして今。


 十五歳のセリア。


 重なる部分は少ない。


 むしろ違う。


 違い過ぎる。


 だからこそ。


 説明できない。


 神官長は窓の外を見る。


 夜空が広がっていた。


 答えはどこにもない。


 今はまだ。


◇◇◇


 一方。


 国心環の間。


 リシュリーは静かに祈っていた。


 接続。


 浄化。


 聖女としての日課。


 だが。


「……っ」


 胸の奥に痛みが走る。


 ほんの一瞬。


 すぐに消える。


 けれど。


 以前より確実に強くなっていた。


 リシュリーは胸元を押さえる。


「大丈夫……」


 自分へ言い聞かせるように呟く。


 まだ耐えられる。


 まだ問題ない。


 そう思いたかった。


 国心環は静かに輝いている。


 その奥で。


 誰にも気付かれないまま。


 少しずつ白い糸が集まり始めていた。


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