減少
その三日後だった。
神官長は一人で地下へ向かっていた。
誰にも告げていない。
リシュリーにも。
ユリアにも。
もちろんセリアにも。
ただ。
気になったのだ。
三日前の出来事が。
石階段を下りる。
静かな足音だけが響く。
やがて国心環の間へ到着した。
重い扉を開く。
巨大な白い環が静かに佇んでいる。
国心環。
神殿の中心。
神官長はゆっくり近付いた。
そして管理用の石板へ視線を向ける。
その瞬間。
動きが止まった。
「……な」
言葉が出ない。
見間違いではない。
何度見ても同じだった。
[五]
三日前。
確認した時は。
[十五]
だった。
十も減っている。
あり得ない数字だった。
神官長は石板へ手を置く。
冷たい。
現実だった。
「どういうことですか……」
リシュリーが浄化したとしても。
ここまで減らない。
まして。
この三日間に特別な儀式は行われていない。
神官長は目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは。
三日前の少女。
セリア。
国心環へ触れた。
何も起きなかった。
反応もない。
接続もない。
神官長自身が確認している。
だが。
帰り道。
セリアは突然足を止めた。
そして。
何もない空間へ手を伸ばした。
神官長には見えなかった。
何をしたのかも分からない。
だが。
その直後にこれだ。
偶然とは思えなかった。
「まさか……」
小さく呟く。
だが確証はない。
何一つ。
ただ。
胸騒ぎだけが大きくなっていく。
神官長は深く息を吐いた。
そして。
思い出したくもない記憶を思い出す。
十五年前。
セレスの最晩年。
白い糸が見えると言い始めた頃。
あの頃から。
国心環の浄化速度は異常だった。
誰も理由を説明できなかった。
セレス自身でさえ。
ただ。
今のセリアは違う。
少なくとも。
苦しんでいるようには見えない。
それが唯一の救いだった。
◇◇◇
一方。
中庭では。
セリアがいつものようにユリアの隣へ座っていた。
「また来たのか」
「来ました」
「そうか」
もう日常だった。
ユリアも追い返さない。
セリアも遠慮しない。
不思議な関係だった。
「ユリアさん」
「何だ」
「何かありました?」
突然の質問。
ユリアは眉をひそめる。
「何故だ」
「何となくです」
セリアは笑う。
「少し元気ない気がして」
ユリアは答えない。
三日前のことを思い出していた。
白い糸。
セリアの指先。
消えた光。
そして。
セレス。
忘れたことのない名前。
視線が動く。
無意識だった。
セリアの腕を見る。
細い腕。
日焼けも少ない。
どこにでもいる十五歳の少女。
そこには何もない。
赤みも。
腫れも。
傷も。
ない。
指先も同じだった。
綺麗なまま。
セレスは違った。
最期の頃。
腕を隠していた。
手袋をしていた。
痛みに耐えていた。
笑っていても。
苦しそうだった。
なのに。
目の前の少女は違う。
「……」
顔色も良い。
元気だ。
よく食べる。
よく笑う。
平民の娘らしく活発だ。
少なくとも。
死に近付いている人間には見えない。
「ユリアさん?」
セリアが首を傾げる。
ユリアは視線を逸らした。
「何でもない」
短く答える。
そう。
何でもない。
似ているだけだ。
そう自分に言い聞かせる。
だが。
胸の奥は静かにならなかった。
青い耳飾りが胸元で揺れる。
十五年持ち続けたもの。
忘れられない人の形見。
そして今。
その人によく似た何かが目の前にいる。
ユリアは空を見上げた。
春の風が吹く。
答えはまだどこにもなかった。




