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なにも起きない



 翌日。


 セリアは神殿の地下へ来ていた。


 石造りの階段を下りる。


 普段は立ち入れない場所。


 少し緊張していた。


 先を歩くのは神官長。


 そして護衛として同行するユリア。


 最後尾をセリアが歩いていた。


「無理そうなら言ってくださいね」


 神官長が振り返る。


「大丈夫です」


 セリアは笑った。


 緊張はしている。


 だが怖くはない。


 不思議だった。


 初めて来る場所なのに。


 どこか懐かしい気がする。


 やがて大きな扉の前へ到着した。


 神官長が静かに開く。


 その先にあったのは。


 巨大な白い環だった。


 国心環。


 神殿の中心。


 聖女の力の源。


 国を支えるもの。


「……綺麗」


 思わず声が漏れる。


 ただ美しい。


 それだけだった。


 特別な感覚はない。


 胸が痛むわけでも。


 頭が痛むわけでもない。


 何かを思い出すわけでもない。


 ただ綺麗だった。


 神官長が国心環へ近付く。


「これが国心環です」


 セリアも近付く。


 目の前まで来る。


 巨大な白い環。


 静かに光を放っている。


「触ってみますか」


 神官長が言った。


 セリアは頷く。


 そして。


 そっと手を伸ばした。


 白い環へ触れる。


 静寂。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 何も起きない。


「……あれ?」


 セリアが首を傾げる。


 熱くもない。


 冷たくもない。


 変な感覚もない。


 ただ触っただけ。


 本当にそれだけだった。


 神官長も静かに見ている。


 ユリアも。


 さらに待つ。


 それでも何も起きない。


「終わりですか?」


 セリアが尋ねた。


「終わりですね」


 神官長が微笑む。


 少しだけ肩の力が抜けていた。


 国心環は反応しない。


 接続も起きない。


 つまり。


 セリアは聖女ではない。


 少なくともそれは分かった。



「戻りましょう」


 三人は部屋を後にした。


 地下通路を歩く。


 静かな帰り道だった。


 その時。


 セリアが足を止める。


「どうした」


 ユリアが振り返った。


「あ……」


 セリアは何もない空間を見ている。


 いや。


 セリアには見えていた。


 白い糸。


 少し濃い白い糸が一本。


 廊下の隅を漂っている。


 珍しいものではない。


 昔から見てきた。


 だから。


 何気なく手を伸ばす。


 指先で触れる。


 ふっと白い糸が消えた。


 ただそれだけ。


 セリアは気にも留めない。


「行きましょう」


 そう言って歩き出した。


 だが。


 ユリアだけは立ち止まっていた。


 今。


 見えた。


 うっすらと。


 本当にうっすらと。


 白い光のようなものが。


 セリアの指先で消えた。


 昔にも見たことがある。


 何度も。


 セレスの隣で。


 死の少し前。


 セレスは時々そんなことをしていた。


 何もない空間へ手を伸ばし。


 何かを掴むような仕草をする。


 そして。


 少しだけ疲れた顔をして笑うのだ。


 その記憶が蘇る。


 考え過ぎだ。


 そう思う。


 思うのに。


 胸の奥がざわついていた。


 一方。


 神官長は何も見えていなかった。


 ただ。


 セリアが空中へ手を伸ばした。


 それだけ。


 それだけのはずなのに。


 何故か妙に気になった。


 理由は分からない。


 だが。


 長年の経験が告げている。


 見逃してはいけない何かがあると。


 神官長は黙ったまま歩き続けた。


 誰にも何も言わずに。


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