神官長の誘い
それから数週間。
セリアは神殿へ通うようになっていた。
最初は門番に怪しまれた。
だが今では違う。
「今日も来たのか」
「来ました」
そんな会話をするくらいには顔を覚えられている。
理由を聞かれても困る。
自分でもよく分からないからだ。
ただ。
来たくなる。
気付けば神殿へ足が向いている。
そして大抵の場合。
中庭へ向かう。
そこにユリアがいるからだ。
「ユリアさん」
「ああ」
短い返事。
最初は怖い人だと思っていた。
今は違う。
不器用なだけだ。
セリアは知っている。
今日も隣へ座る。
もう止められることもない。
追い返されることもない。
それが少し嬉しかった。
「また来たな」
「来ました」
「暇なのか」
「違います」
「そうか」
いつものやり取り。
ユリアは剣の手入れを続ける。
セリアはそんな様子を眺める。
不思議だった。
黙っているだけなのに落ち着く。
何時間でもここにいられそうだった。
その頃。
二階の回廊からその様子を見ている人物がいた。
リシュリーだった。
「仲が良いですね」
隣に立つ神官長へ言う。
「そう見えますか」
「見えます」
神官長は小さく笑った。
リシュリーは視線を下へ向ける。
セリアは楽しそうだ。
ユリアも以前より表情が柔らかい。
気のせいではない。
十五年間。
ユリアはほとんど変わらなかった。
誰とも深く関わろうとしなかった。
だが今は違う。
あの少女だけは受け入れている。
理由は分からない。
けれど。
少しだけ胸が痛んだ。
「聖女様?」
神官長が声を掛ける。
リシュリーは我に返った。
「何でもありません」
微笑む。
聖女らしい笑顔。
だが神官長は気付いていた。
気付かないほど鈍くない。
リシュリーがユリアへ向ける感情に。
ただ。
何も言わなかった。
それを口にするつもりはない。
夕方。
ユリアが呼び出された。
神官長室へ向かう。
セリアも付いてきた。
もはや自然な流れになっている。
「セリアさん」
神官長がほほえむ。
「はい」
「少しお願いがあるのですが」
セリアは首を傾げた。
「お願いですか?」
「ええ。あなたが見ている白い糸についてです」
部屋が静かになる。
ユリアも黙っている。
「一度、国心環を見てみませんか」
セリアは目を丸くした。
国心環。
聖女しか入れない場所。
そんな印象があった。
「私がですか?」
「はい」
神官長は頷く。
「何か分かるかもしれません」
セリアは迷う。
正直怖い。
けれど。
気になる。
白い糸のことも。
自分のことも。
そして。
何故か神殿へ惹かれる理由も。
全部。
少しだけ知りたかった。
「……分かりました」
そう答えた瞬間。
神官長は静かに目を閉じた。
胸騒ぎがしていた。
理由は分からない。
だが。
何かが動き始めている。
そんな気がしていた。




