視えるもの
春の風は穏やかだった。
中庭の木々が静かに揺れる。
セリアは膝を抱えながら考えていた。
言うべきか。
言わないべきか。
ずっと迷っている。
ユリアは黙って剣を磨いていた。
急かさない。
聞き出そうともしない。
だから余計に話しやすかった。
「ユリアさん」
「何だ」
返事は短い。
いつも通り。
セリアは小さく息を吸う。
「私」
少しだけ躊躇う。
「昔から変なものが見えるんです」
ユリアの手が止まる。
ほんの僅かに。
「変なもの?」
「はい」
セリアは頷く。
「白い糸です」
その瞬間だった。
ユリアの表情が変わる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だけ。
だが確かに。
セリアは見逃さなかった。
「白い糸?」
低い声。
いつもより少し硬い。
「知ってるんですか?」
ユリアは答えない。
脳裏に蘇る。
あの日。
国心環。
世界を覆う無数の白い糸。
そして。
最後にセレスの胸から伸びた一本。
誰にも見えなかったもの。
自分だけが見たもの。
「……続けろ」
しばらくしてそう言った。
セリアは少し驚く。
信じてもらえないと思っていたから。
「人から伸びてるんです」
「人?」
「はい」
セリアは指で空をなぞる。
「嬉しい時とか悲しい時とか」
「そういう時は増える気がします」
ユリアは黙って聞いている。
「神殿には特に多いです」
「それで」
セリアは少し困ったように笑った。
「ユリアさんからも見えるんです」
沈黙。
風の音だけが響く。
「どんな糸だ」
ユリアは尋ねた。
自分でも驚くほど真剣な声だった。
セリアは少し考える。
どう説明すればいいのか。
「変なんです」
「変?」
「他の糸と違うんです」
言葉を探す。
「誰かを待ってるみたいな」
胸がざわつく。
ユリアは無意識に胸元へ触れた。
青い耳飾りのある場所。
そして。
最後の白い糸が入った場所。
「あと」
セリアが続ける。
「切れてないんです」
ユリアの呼吸が止まる。
「普通の糸は消えることもあります」
「でも」
セリアは首を傾げた。
「ユリアさんのはずっと続いてる」
理由は分からない。
けれど。
何故かそう見える。
ユリアは俯いた。
答えられない。
自分にも分からないから。
ただ。
胸の奥が熱かった。
「変ですよね」
セリアは苦笑する。
「誰も信じてくれないので」
その言葉に。
ユリアは初めて顔を上げた。
「信じる」
短い言葉だった。
セリアが目を丸くする。
「え?」
「オレは信じる」
それだけだった。
理由は言わない。
言えない。
あの日のことを。
セレスのことを。
まだ話すつもりはなかった。
だが。
嘘ではない。
本当に信じている。
なぜなら。
自分も見たから。
たった一度だけ。
あの日。
世界が白く染まった時に。
セリアはしばらく固まっていた。
やがて。
ふっと笑う。
「初めてです」
「何がだ」
「信じてくれた人」
その笑顔を見た瞬間。
ユリアの胸が痛んだ。
懐かしい。
どうしてだろう。
時々。
本当に時々。
セリアが笑うと。
昔の誰かを思い出しそうになる。
けれど。
思い出せない。
思い出してはいけない気もした。
春風が吹く。
桜の花びらが二人の間を舞っていく。
その光景を見ながら。
セリアは少しだけ嬉しかった。
そして。
ユリアも気付いていなかった。
セリアと出会ってから。
胸の奥の温もりが少しずつ強くなっていることに。
まるで。
止まっていた何かが。
ゆっくりと動き始めるように。




