白い糸を見る少女
春だった。
長かった冬が終わる。
雪解け水が流れ。
草木が芽吹き始める。
新しい季節だった。
神殿にも多くの人が訪れていた。
祈りを捧げる者。
相談に来る者。
病の回復を願う者。
理由は様々だ。
その中に。
一人の少女がいた。
十五歳。
黒髪。
少し癖のある髪。
決して目立つ容姿ではない。
だが。
その瞳だけは妙に印象的だった。
少女の名はセリア。
神殿の石段を上りながら。
不思議そうに周囲を見ていた。
「何なの……これ」
誰にも聞こえない声。
セリアの視線の先には。
白い糸が見えていた。
一本。
二本ではない。
何十本も。
何百本も。
人々から伸びている。
空へ向かって。
遠くへ向かって。
絡み合うように。
流れている。
昔から見えていた。
物心ついた頃から。
だから最初は皆も見えていると思っていた。
違った。
誰も見えていない。
家族も。
友人も。
村の人達も。
誰一人として。
だからセリアは黙っていた。
話しても変な子だと思われるだけだから。
神殿の中へ入る。
そこでも白い糸は見えた。
いや。
外より多い。
「気持ち悪い……」
思わず呟く。
そして。
足が止まる。
一本の白い糸。
それだけが違った。
とても細い。
とても綺麗。
そして。
神殿の奥へ続いている。
他の糸とは違う。
何故か目が離せなかった。
「何だろう」
気付けば歩いていた。
糸を追い掛けるように。
神殿の廊下を進む。
曲がる。
また進む。
誰にも止められない。
まるで。
導かれているみたいだった。
その頃。
ユリアは中庭にいた。
剣の訓練を終えたところだった。
汗を拭く。
空を見る。
穏やかな昼下がり。
変わらない日常。
そのはずだった。
「……?」
不意に胸が温かくなる。
あの日以来。
時々起きる現象。
最後の白い糸が入った場所。
そこが微かに熱を持つ。
ユリアは眉をひそめた。
最近少し頻度が増えている。
理由は分からない。
だが。
何かが近付いている。
そんな感覚があった。
その時だった。
中庭の入口に一人の少女が現れる。
黒髪。
見知らぬ顔。
神殿の関係者ではない。
迷子か。
そう思った。
だが。
少女は立ち止まったまま動かない。
ただ。
ユリアを見ていた。
じっと。
まるで信じられないものを見るように。
ユリアも少女を見る。
見覚えはない。
初めて会う。
間違いなく。
なのに。
妙な感覚があった。
胸がざわつく。
理由は分からない。
少女が一歩近付く。
白い糸が見える。
ユリアの胸から。
伸びている糸。
誰にも見えなかった糸。
それが。
この人から伸びている。
信じられなかった。
「……何で」
思わず声が漏れる。
ユリアは聞き返す。
「何だ」
セリアは答えない。
答えられない。
目の前の女性から。
白い糸が伸びている。
しかも。
その糸は。
まるで誰かを待ち続けているようだった。
胸が痛む。
理由もなく。
涙が出そうになる。
会ったこともない人なのに。
知らないはずなのに。
どうしてだろう。
懐かしい。
そんな感情が湧いていた。
春風が吹く。
桜の花びらが舞う。
十五年ぶりの再会は。
あまりにも静かに始まった。




