流れる時間
その年の冬は寒かった。
雪が神殿を白く染めている。
静かな朝だった。
ユリアはいつものように剣の手入れをしていた。
昔から変わらない日課。
身体もよく動く。
疲れもない。
体力も落ちていない。
それが当たり前だった。
つい最近までは。
「ユリア殿」
声がした。
振り返る。
神官長だった。
杖をついている。
歩く速度も昔より遅い。
十四年前。
いや。
二十年前ですら。
こんな姿は想像できなかった。
「何だ」
「少し付き合ってください」
珍しい誘いだった。
二人で中庭を歩く。
雪を踏む音だけが響く。
しばらく沈黙が続いた。
やがて神官長が口を開く。
「最近、体調はどうですか」
「変わらん」
即答だった。
神官長は苦笑する。
「そうですか」
それ以上は聞かない。
だが。
どこか考え込んでいるようにも見えた。
ユリアは神官長を見る。
老いたと思う。
昔よりずっと。
髪も。
顔も。
声も。
少しずつ。
時間が流れている。
それが当たり前だ。
人間なのだから。
その当たり前が。
今は妙に胸に引っかかった。
神官長は足を止める。
雪景色の向こうを見る。
「早いものですね」
小さく呟く。
「何がだ」
「十四年です」
ユリアは黙る。
十四年。
長い時間だった。
だが。
神官長の言葉を聞いた瞬間。
妙な違和感が生まれる。
十四年。
本当に。
十四年も経ったのか。
「私は歳を取りました」
神官長が笑う。
「当然だ」
「ええ」
そして。
少しだけ真面目な顔になる。
「聖女様も立派になりました」
ユリアは頷く。
あの少女はもういない。
今は立派な聖女だ。
誰もが認めている。
神官長は続ける。
「皆、変わります」
その言葉が妙に耳に残った。
皆。
変わる。
変わるのが当たり前。
時間とはそういうものだ。
神官長は何気なく言っただけだろう。
だが。
ユリアには違った。
胸の奥へ刺さった。
その日の夜。
ユリアは一人だった。
机の上には古い記録がある。
神殿へ来た頃のもの。
護衛になった頃のもの。
セレスが生きていた頃のもの。
そして最近のもの。
並べる。
見比べる。
何度も。
何度も。
「……」
声が出ない。
身長は変わらない。
体重も。
体力も。
顔も。
変わらない。
十四年前と。
ほとんど同じだった。
普通ではない。
ようやく認める。
おかしい。
本当に。
おかしい。
胸の奥が温かくなる。
あの日。
最後の白い糸が入った場所。
今も。
変わらず。
そこにある。
ユリアは胸元から青い耳飾りを取り出した。
小さな青い石。
十四年間。
肌身離さず持ち続けている。
光にかざす。
静かに輝く。
「セレス」
名前を呼ぶ。
久しぶりだった。
誰もいない部屋。
だから呼べた。
返事はない。
分かっている。
それでも。
「……お前なのか」
小さく呟く。
時間が止まった理由。
胸の違和感。
最後の白い糸。
全部。
繋がっている気がした。
証拠はない。
何もない。
それでも。
ユリアの直感はそう告げていた。
窓の外では雪が降り続いている。
静かな夜だった。
その頃。
リシュリーは国心環の間にいた。
接続を終えたばかりだった。
胸の奥が少し痛む。
以前より確実に。
頻度が増えている。
それでもまだ軽い。
気のせいと言えば気のせいで済む程度。
だから誰も気付かない。
リシュリー自身も。
神官長だけが知っている。
国心環は少しずつ満ちている。
ゆっくりと。




