変わらない人
さらに六年の歳月が流れた。
セレスが亡くなってから十四年。
リシュリーは三十歳になっていた。
もう若い聖女ではない。
経験も積んだ。
巡礼も数え切れないほど行った。
国中の人々がその名を知っている。
立派な聖女だった。
神官長はさらに老いた。
白髪はすっかり増え。
杖を使うこともある。
それでも現役だった。
神殿を支える最後の柱のように。
誰もが敬意を払っていた。
そして。
ユリアも神殿にいた。
いつものように。
変わらず。
護衛として。
剣士として。
そこにいた。
春。
巡礼先から戻った日のことだった。
神殿の若い神官が声を上げる。
「あれ?」
何気ない一言。
誰も気にしないはずだった。
「どうしました?」
リシュリーが尋ねる。
「いえ」
若い神官は首を傾げる。
「ユリア殿っておいくつでしたっけ」
周囲が少し笑う。
「突然だな」
「失礼ですよ」
そんな声が飛ぶ。
だが神官は本気で不思議そうだった。
「私が見習いの頃から全然変わらないので」
その場が静かになる。
一瞬だけ。
ほんの一瞬。
リシュリーもユリアを見る。
そして笑った。
「昔からそう言われていますよ」
「そうなんですか」
「ええ」
話はそこで終わった。
終わったはずだった。
だが。
リシュリーの中に何かが残る。
小さな違和感。
言葉にできないほど小さいもの。
その日の夜。
リシュリーは国心環の間にいた。
いつもの接続。
いつもの浄化。
いつもの仕事。
そのはずだった。
「……っ」
胸が痛む。
ほんの少し。
本当に少しだけ。
だが確かに。
十四年前にはなかった感覚。
リシュリーは胸元を押さえる。
すぐに消える。
耐えられないほどではない。
けれど。
覚えてしまった。
「増えている……?」
思わず呟く。
国心環を見る。
美しい白い環。
けれど。
昔ほど軽くない。
そんな気がした。
神官長へ報告すると。
老人は静かに頷いた。
「そうですか」
それだけだった。
リシュリーは首を傾げる。
「神官長は驚かないんですね」
「長く続ければ色々あります」
曖昧な返事。
リシュリーは納得しなかった。
だが追及もしなかった。
神官長は窓の外を見る。
夕闇が広がっていた。
十四年。
長い年月だった。
それでも。
セレスのことは忘れていない。
忘れられるはずもない。
あの日。
国心環が完全に浄化されたことも。
その直後にセレスが亡くなったことも。
全部覚えている。
だから。
リシュリーの違和感にも気付いていた。
国心環は再び白い糸を溜め始めている。
まだ少ない。
だが確実に。
少しずつ。
そして。
その夜。
ユリアは自室にいた。
鏡の前に立つ。
珍しいことだった。
普段はほとんど見ない。
だが。
昼間の会話が頭に残っていた。
『見習いの頃から全然変わらないので』
鏡を見る。
自分の顔。
見慣れた顔。
そして。
引き出しを開く。
古い紙がある。
神殿で描かれた簡単な人物画だった。
セレス。
ユリア。
二人が描かれている。
何気ない記念だった。
ユリアは絵を見る。
鏡を見る。
もう一度絵を見る。
「……」
沈黙。
長い沈黙。
違う。
そんなはずはない。
十四年だ。
人は変わる。
神官長も。
リシュリーも。
皆。
少しずつ。
変わっていった。
なのに。
絵の中の自分と。
鏡の中の自分が。
ほとんど同じだった。
胸の奥が温かくなる。
あの日。
最後の白い糸が入った場所。
今でも時々温かくなる場所。
ユリアは無意識にそこへ触れる。
理由は分からない。
分からないが。
初めて。
本当に初めて。
思った。
「……何でだ」
その呟きは。
誰にも聞かれなかった。




