新しい聖女
セレスの葬儀から三か月後。
神殿は少しずつ落ち着きを取り戻していた。
悲しみが消えたわけではない。
だが。
立ち止まることもできない。
聖女がいなければ国は成り立たない。
だから神殿は前へ進む。
リシュリーも。
前へ進かなければならなかった。
「緊張していますか」
神官長が尋ねる。
リシュリーは小さく頷いた。
今日は聖女就任の儀式だった。
白い法衣。
祈り。
祝福。
全部。
かつてセレスが歩いた道だ。
「あたしに務まるでしょうか」
思わず零れた言葉。
神官長は少しだけ目を細めた。
「務めるのです」
厳しい答えだった。
だが。
その声には優しさも混じっている。
「あなたを選んだのは聖女様です」
リシュリーは俯く。
セレス。
その名前を聞くだけで胸が痛んだ。
もっと教わりたかった。
もっと話したかった。
もっと一緒にいたかった。
それでも。
今は前を向くしかない。
「はい」
リシュリーは顔を上げた。
「頑張ります」
神官長は頷いた。
それで十分だった。
儀式は滞りなく終わった。
国は新しい聖女を迎える。
人々は祝福した。
未来を。
希望を。
誰も知らない。
先代聖女が何を残したのか。
何を背負ったのか。
ただ。
優しかった聖女を思い出しながら。
新しい聖女へ祈りを捧げていた。
その日の夕方。
ユリアは神殿の外壁に寄りかかっていた。
遠くから儀式を見ていた。
護衛として。
いつも通り。
変わらない。
何も変わらない。
そう思っていた。
「ユリア殿」
声がした。
振り返る。
神官長だった。
二人だけになる。
しばらく沈黙が続いた。
そして。
「ありがとうございました」
神官長が言う。
ユリアは眉をひそめた。
「何の話だ」
「最後まで傍にいてくださったことです」
静かな声だった。
ユリアは何も答えない。
答えられない。
傍にいたかったからいただけだ。
感謝されることじゃない。
「セレス様は」
神官長が空を見る。
「幸せだったと思います」
ユリアの手が僅かに震えた。
何も言わない。
言えない。
言葉にしたら壊れそうだった。
神官長もそれ以上は言わなかった。
ただ。
静かに頭を下げる。
そして去っていった。
一人残される。
夕日が沈んでいく。
空は赤い。
昔。
セレスと一緒に見た空だ。
ユリアは胸元へ手を伸ばした。
服の内側。
紐で首から下げているものがある。
青い耳飾り。
古くなった金具を替えて紐に通した。
あの日からずっと持っている。
誰にも見せていない。
失くしたくなかった。
ただ。
それだけだった。
「……」
耳飾りを握る。
冷たい。
けれど離せない。
離したら。
本当に一人になる気がした。
風が吹く。
遠くで鐘が鳴る。
新しい聖女の誕生を祝う鐘。
だがユリアには。
どこか遠くの音に聞こえた。
聖女セレスはもういない。
それだけは。
どれだけ時間が経っても変わらない現実だった。




