生きたい
神官長室を出た後。
二人はしばらく無言で歩いていた。
いつもの廊下。
いつもの神殿。
何も変わらないはずなのに。
世界だけが少し変わってしまったような気がした。
十九歳。
その数字が頭から離れない。
初代聖女。
胸の痛み。
赤い痕。
そして死。
全部が繋がってしまった。
自室へ戻る。
扉が閉まる。
静寂。
そこで初めて。
セレスは張り詰めていた息を吐いた。
「セレス」
ユリアが呼ぶ。
優しい声だった。
それが駄目だった。
「……」
視界が滲む。
慌てて顔を逸らす。
泣きたくなかった。
泣いたら認めてしまう気がした。
自分が怖がっていることを。
死ぬかもしれないことを。
「セレス」
もう一度呼ばれる。
セレスは首を振った。
「大丈夫」
掠れた声だった。
全然大丈夫じゃない。
自分でも分かる。
「嘘だな」
ユリアが言う。
いつもの言葉。
いつもなら笑える。
今日は無理だった。
「……」
涙が落ちる。
一粒。
また一粒。
止まらない。
ユリアは何も言わない。
ただ傍にいた。
それが余計に苦しかった。
「怖い」
気付けば口から零れていた。
小さな声だった。
ユリアの肩が揺れる。
セレスは俯いたまま続けた。
「怖いよ」
十八歳だった。
当たり前だ。
死ぬのが怖くないはずがない。
「まだ何もしてない」
涙が止まらない。
「行きたい場所もあるし」
「見たい景色もあるし」
言葉が溢れる。
「もっと生きたい」
声が震える。
「もっと……」
そこで言葉が詰まる。
本当に言いたいことが出てこない。
いや。
出したくなかった。
認めたくなかった。
ユリアが静かに待っている。
逃げられない。
だからセレスは言った。
「ユリアと一緒にいたい」
沈黙。
長い沈黙だった。
やがて。
ユリアが近付く。
そして。
セレスの肩を抱いた。
強く。
離さないように。
「オレもだ」
短い言葉だった。
でも十分だった。
セレスは顔を埋める。
涙が止まらない。
「じゃあ」
ユリアが言う。
掠れた声だった。
「やめろ」
セレスの身体が震える。
その言葉は来ると思っていた。
「接続も」
「白い糸も」
「全部だ」
ユリアは続ける。
「生きろ」
それは命令だった。
願いだった。
祈りだった。
セレスは目を閉じる。
答えを知っている。
自分でも。
「……ごめん」
小さく呟く。
ユリアの腕に力が入った。
「ごめん」
もう一度言う。
謝りたくなかった。
でも謝るしかなかった。
もし明日。
苦しんでいる人がいたら。
白い糸が見えたら。
自分はきっと手を伸ばしてしまう。
その自信だけはあった。
だから。
やめられない。
ユリアは何も言わなかった。
怒らなかった。
責めなかった。
ただ。
セレスを抱き締める。
それが答えだった。
ユリアも分かっている。
神官長も分かっている。
そしてセレスも分かっている。
助かる方法はある。
でも。
セレスは選ばない。
選べない。
それがセレスだから。
それが一番残酷だった。
窓の外では夕日が沈み始めていた。
静かな夜が来る。
その夜が。
あと何度残っているのか。
セレスには分からなかった。




