表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/114

増える痕



 翌朝。


 神官長へ報告する予定だった。


 本来なら。


 だが、その前に事件は起きた。


 神殿へ一人の男性が運び込まれたのだ。


 倒れたらしい。


 命に別状はない。


 それでも神殿内は少し慌ただしくなった。


 セレスも医務室へ向かう。


 本来なら休むべきだ。


 神官長ならそう言うだろう。


 ユリアもそう言う。


 分かっている。


 それでも足が向いてしまった。


 医務室の扉を開ける。


 中には数人の神官。


 ベッドへ横たわる男性。


 そして。


 白い糸。


「……」


 セレスの表情が固まる。


 今まで見た中で一番濃かった。


 何本も絡みついている。


 胸。


 腕。


 首。


 白い糸が男性を縛り付けているように見えた。


 息苦しそうだった。


 実際には呼吸も脈も安定している。


 だがセレスにはそう見えた。


「セレス」


 ユリアが呼ぶ。


 気付いている。


 また見えているのだと。


 セレスは頷いた。


 そして。


 男性が苦しそうに眉を寄せる。


 その瞬間だった。


 身体が勝手に動く。


「聖女様?」


 神官が驚く。


 セレスはベッドの傍へ近付いた。


 そして。


 男性の手へ触れる。


 白い糸へ。


 触れた。


 光が溢れる。


 以前より強い。


 眩しいほどではない。


 だが確かに光った。


 何本もの白い糸が揺れる。


 そして。


 一斉に消えた。


「――っ」


 胸が痛んだ。


 今までで一番強かった。


 息が詰まる。


 視界が揺れる。


「セレス!」


 ユリアが支える。


 セレスは倒れなかった。


 だが立っているだけで精一杯だった。


「大丈夫です……」


「大丈夫じゃない」


 ユリアの声が低い。


 本気で怒っている。


 周囲の神官たちは何が起きたのか分かっていない。


 ただ。


 男性の顔色だけは明らかに変わっていた。


 苦しそうだった表情が消えている。


 呼吸も穏やかだった。


「楽になった……」


 男性が小さく呟く。


 その言葉を聞いた瞬間。


 ユリアの表情がさらに険しくなった。


 セレスを見る。


 男性を見る。


 そして。


 セレスの手首を見る。


「手袋」


 短く言う。


「え?」


「外せ」


 有無を言わせない声だった。


 セレスは少し躊躇う。


 だが従った。


 手袋を外す。


 周囲の神官には見えないよう、ユリアが身体で隠した。


 赤い線が増えていた。


 一本ではない。


 二本。


 三本。


 糸のような痕が手首を這っている。


 昨日までは一本だった。


 確実に増えている。


 ユリアが息を呑む。


「……増えてる」


 セレスも見つめる。


 言葉が出なかった。


 そして。


 胸がまた痛む。


「っ……」


 思わず胸を押さえる。


 今度は隠し切れなかった。


 ユリアが肩を掴む。


「もういい」


 珍しく声が震えていた。


「もうやめろ」


 セレスは答えられない。


 やめられるのだろうか。


 本当に。


 目の前で苦しんでいる人がいるのに。


 白い糸が見えるのに。


 それを放置できるのだろうか。


 答えは分かっていた。


 だから。


 何も言えなかった。


 そしてユリアも。


 その沈黙だけで全部理解してしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ