歴代聖女との違い
神官長は三日間、記録室へ籠もった。
その間もセレスは普段通り過ごしていた。
いや。
普段通りに過ごそうとしていた。
神官長の推測が頭から離れなかったからだ。
国心環へ流れ込む前の負荷。
人へ絡みつく白い糸。
そして浄化。
もし本当にそうなら。
自分は今まで何を見ていたのだろう。
何をしていたのだろう。
答えはまだ出ない。
だが。
何かが変わり始めていることだけは分かった。
三日後。
神官長から呼び出しがあった。
セレスとユリアは神官長室を訪れる。
机の上には大量の資料が積まれていた。
見覚えのあるものもある。
歴代聖女の記録だ。
神官長は疲れた顔をしていた。
この三日間ほとんど眠っていないのかもしれない。
「お待たせしました」
神官長が言う。
セレスは椅子へ座る。
「何か分かったんですか」
神官長は一冊の帳簿を開いた。
「まず結論から申し上げます」
静かな声だった。
「聖女様は歴代聖女と少し違います」
セレスは黙って聞く。
神官長は続けた。
「国心環との同期率です」
その言葉は以前も聞いた。
接続記録を読んだ時だ。
「歴代聖女にも個人差があります」
「高い方もいました」
「低い方もいました」
神官長はページをめくる。
「ですが」
そこで手が止まる。
「聖女様ほど高い方はいません」
部屋が静かになる。
セレスは資料を見る。
数字が並んでいた。
歴代聖女の記録。
そして自分の記録。
確かに違う。
突出していた。
「そんなにですか」
「はい」
神官長は頷く。
「だからこそ負荷への耐性も高かった」
「だからこそ症状が表面化するまで時間がかかった」
そこまでは理解できる。
以前も聞いた話だ。
だが神官長は首を横に振る。
「問題はそこではありません」
セレスは顔を上げる。
神官長の表情は真剣だった。
「歴代聖女は国心環を通して国を見ていました」
窓の外へ視線を向ける。
「言い換えれば」
「国心環の向こう側は見えていなかった」
セレスの胸がざわつく。
何となく分かった。
神官長が言いたいことが。
「私は」
小さく呟く。
「見えているんですか」
神官長は頷いた。
「可能性があります」
人。
感情。
白い糸。
国心環へ繋がる前の負荷。
それらは本来見えないはずのものだった。
だがセレスには見えている。
神官長は机の上へ一枚の紙を置いた。
古い記録だった。
かなり古い。
紙も変色している。
「これは?」
「初代聖女の記録です」
セレスは目を見開いた。
初代。
神殿創設期の人物だ。
現存する資料は少ない。
だからこそ貴重だった。
神官長はその一文を指差す。
短い文章だった。
『人の願いが見える』
それだけ。
たったそれだけだった。
セレスは何度も読み返す。
人の願い。
白い糸のことなのだろうか。
それとも違うのだろうか。
「詳細は残っていません」
神官長が言う。
「ですが」
その声は少し低かった。
「私が見つけた中で、聖女様に最も近い記録です」
セレスは紙から目を離せなかった。
初代聖女。
人の願いが見える。
白い糸。
人へ絡みつく負荷。
点と点が少しずつ繋がり始める。
その時だった。
セレスの視界に白い糸が現れる。
一本。
細い糸だった。
神官長室の窓の外。
街へ向かって伸びている。
以前なら驚いた。
だが今は違う。
自然と目が向く。
そして。
初めて気付いた。
その糸の奥に。
ぼんやりと誰かの姿が見える。
泣いている少女だった。
遠すぎて顔は分からない。
声も聞こえない。
それでも。
なぜか分かった。
助けを求めている。
そんな気がした。
「聖女様?」
神官長の声。
セレスは我に返る。
「見えたんです」
思わずそう言った。
「何がですか」
セレスは窓の外を見る。
白い糸はまだ残っている。
「人です」
静かな声だった。
「糸の先にいる人が見えました」
神官長の表情が固まった。
ユリアも息を呑む。
そしてセレスは理解する。
自分はまた一歩。
誰も知らない領域へ踏み込んでしまったのだと。




