確信
翌日。
セレスは神殿の医務室を訪れていた。
神官長から頼まれた書類を届けるためだ。
それだけの用事だった。
長居をするつもりはなかった。
廊下を歩く。
窓から差し込む光が床を照らしている。
静かな昼下がりだった。
その時。
視界の端で白いものが揺れた。
セレスの足が止まる。
「……」
また見えた。
白い糸だった。
医務室の前に置かれた長椅子。
そこへ座る老婦人。
その身体へ絡みつくように伸びている。
前日の男性と同じだった。
人へ絡みついている。
そう見える。
老婦人は疲れた顔をしていた。
顔色も良くない。
順番を待っているのだろう。
セレスは足を止めたまま見つめる。
触れてはいけない。
観察だけ。
神官長との約束だ。
だが。
老婦人が立ち上がった瞬間だった。
身体が大きく揺れる。
「危ない」
考えるより先に身体が動いた。
セレスは駆け寄る。
老婦人の腕を支える。
その瞬間。
指先に柔らかな感触が走った。
白い糸だった。
昨日と同じ。
糸が光る。
淡く。
優しく。
そして。
ふっと消えた。
老婦人が目を見開く。
「大丈夫ですか」
セレスが尋ねる。
老婦人は何度か瞬きをした。
そして不思議そうに胸へ手を当てる。
「おかしいねぇ」
小さく笑った。
「どうしましたか」
「さっきまで重かったんだけど」
老婦人は首を傾げる。
「少し楽になった気がするよ」
セレスは息を呑む。
昨日と同じだった。
偶然ではない。
そう思った。
医務室の神官が駆け寄ってくる。
老婦人はそのまま診察へ向かった。
残されたセレスはしばらく動けなかった。
胸の鼓動が速い。
頭の中で昨日の光景が繋がる。
女性。
老婦人。
どちらも白い糸があった。
どちらも糸が消えた。
どちらも楽になったと言った。
偶然では説明できない。
その日の夕方。
神官長室。
神官長は報告を聞き終えた後、長く沈黙していた。
机の上には二人分の記録。
診療所の女性。
医務室の老婦人。
どちらも体調不良。
どちらも白い糸。
どちらも改善。
そして。
どちらもセレスが接触している。
「二例目です」
神官長が静かに言った。
セレスは頷く。
「はい」
「偶然とは言い切れなくなりました」
部屋が静かになる。
神官長がそう言うのは珍しかった。
慎重な人だからだ。
確証がないことは口にしない。
その神官長が言った。
偶然ではないと。
「神官長」
セレスが尋ねる。
「私は何をしているんでしょうか」
それが一番知りたかった。
神官長は答えなかった。
すぐには。
窓の外を見る。
そして。
ゆっくりと口を開いた。
「聖女の役目は何ですか」
問い返された。
セレスは少し考える。
「国心環の浄化です」
「そうですね」
神官長は頷く。
「では白い糸は」
そこで言葉を止める。
慎重だった。
まるで自分の考えを確かめるように。
「もし」
静かな声だった。
「白い糸が国心環へ流れ込む前の負荷だとしたら」
セレスは目を見開く。
神官長は続ける。
「聖女様は」
その言葉に重みがあった。
「国心環へ溜まる前に浄化しているのかもしれません」
部屋から音が消えたように感じた。
セレスは言葉を失う。
歴代聖女は。
国心環へ溜まった負荷を浄化してきた。
それが聖女だった。
だが。
もし神官長の推測が正しいなら。
自分は違う。
根本から。
役目そのものが違う。
「そんなこと……」
あり得るのだろうか。
神官長は首を横に振る。
「分かりません」
それでも。
その表情は今までと違った。
初めて道筋が見えた人の顔だった。
「ですが」
神官長は記録へ視線を落とす。
「これで多くのことに説明がつきます」
白い糸。
接続外での視認。
人の感情。
浄化。
全部。
一つの線で繋がり始めていた。




