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嫉妬


 ユリアは基本的に無口だ。


 必要なことしか話さない。


 愛想も良くない。


 笑うことも少ない。


 だから初対面の人間には怖がられることが多い。


 本人はまったく気にしていない。


 むしろ楽でいいと思っている。


 ただ一人だけ。


 そんなユリアを見て面白がる人がいた。


「ユリアさん」


 神殿の廊下で声を掛けられる。


 若い女性神官だった。


 まだ二十歳になったばかりだろうか。


 手には書類を抱えている。


「これ、聖女様への報告書です」


「預かる」


「ありがとうございます」


 それだけなら普通だった。


 だが。


「ユリアさんって優しいですよね」


 女性神官が笑う。


 ユリアは固まった。


「そうか」


「はい」


「違うと思うが」


「そんなことないですよ」


 女性神官は楽しそうだった。


 ユリアは困っていた。


 どう返せばいいか分からない。


 助けを求めるように周囲を見る。


 そして気付く。


 少し離れた場所にセレスがいることに。


 目が合った。


 セレスは微笑んでいる。


 ものすごく綺麗な笑顔で。


 そして。


 そのまま立ち去った。


「……」


 嫌な予感がした。


 とても。


 ものすごく。


 嫌な予感がした。


 ◇


「セレス」


「なんでしょう」


 部屋へ戻った途端、セレスが敬語だった。


 ユリアは眉をひそめる。


「やめろ」


「何をでしょう」


「それ」


「分かりません」


 分かっている顔だった。


 絶対に。


 百パーセント。


「機嫌悪いだろ」


「いいえ」


「悪い」


「気のせいです」


「セレス」


「何でしょう」


 柔らかな笑顔。


 完璧な聖女の笑顔。


 ユリアは頭を抱えたくなった。


 こういう時のセレスは面倒くさい。


 そして少し可愛い。


「何があった」


「別に」


「嘘だ」


「嘘じゃないです」


 敬語だ。


 完全に怒っている。


 ユリアは椅子へ腰を下ろした。


 考える。


 今日何かしただろうか。


 失言?


 約束を忘れた?


 何も思いつかない。


「ヒント」


「ありません」


「頼む」


「ありません」


 即答だった。


 セレスは机の上の本を開く。


 読む気はない。


 ただユリアを困らせているだけだ。


 ユリアは確信した。


「……何かしたな」


「したんじゃないですか?」


「だから何だ」


「さあ」


 面倒くさい。


 本当に面倒くさい。


 だが。


 こういう時は付き合うしかない。


「怒ってるのか」


「いいえ」


「怒ってる」


「怒ってません」


「怒ってる」


「怒ってません」


 しばらく睨み合う。


 先に視線を逸らしたのはセレスだった。


 ほんの少しだけ。


 不満そうに。


「ユリア」


「ん」


 敬語が消えた。


 ユリアは少し安心する。


「なんだ」


「今日」


「うん」


「あの神官」


 そこで理解した。


 ああ、と。


 なるほど、と。


「……ああ」


「何その反応」


「分かった」


「何が」


「理由」


 セレスは黙る。


 少しだけ耳が赤い。


 珍しい。


「嫉妬か」


「違う」


「嫉妬だな」


「違う」


「嫉妬だ」


「違うもん」


 最後だけ子供みたいだった。


 ユリアは吹き出しそうになる。


 必死に耐える。


 耐えた。


 少し失敗した。


「笑った」


「いや」


「笑った」


「少し」


「最低」


 セレスはクッションを投げた。


 ユリアが受け止める。


 予想通りだった。


「別に嫉妬じゃない」


「そうか」


「本当に」


「うん」


「ただ」


「ただ?」


 セレスは視線を逸らした。


 言うか迷っているらしい。


 そして。


「楽しそうだったから」


 小さく言った。


 ユリアは瞬きをする。


「楽しそう?」


「うん」


「あれが?」


「少し」


 意外だった。


 自分ではそんなつもりはなかった。


 報告書を受け取っただけだ。


 だがセレスにはそう見えたらしい。


「気になった」


 ぽつり。


「少しだけ」


 その言葉が妙に嬉しい。


 ユリアは困った。


 嫉妬されて喜ぶのは良くない気がする。


 でも嬉しい。


「セレス」


「なに」


「オレは」


 セレスが顔を上げる。


 ユリアは少し考えた。


 こういうのは苦手だ。


 上手い言葉も出てこない。


 だから本当のことだけ言う。


「お前以外には興味ない」


 沈黙。


 セレスが固まる。


「……」


「事実だ」


「……」


「セレス?」


 顔が真っ赤だった。


 耳まで赤い。


 予想外だった。


「どうした」


「急にそういうこと言うの反則」


「そうか?」


「そう」


 セレスは両手で顔を隠した。


 恥ずかしいらしい。


 ユリアは少しだけ満足した。


 たまには仕返しである。


「ユリア」


「ん」


「ずるい」


「そうかもな」


 セレスはしばらく顔を隠していた。


 やがて隙間からユリアを見る。


「私も」


「ん?」


「ユリア以外には興味ない」


 今度はユリアが黙る番だった。


 数秒。


 沈黙。


 そして。


「……そうか」


 それしか言えなかった。


 セレスは吹き出した。


「あははっ」


「笑うな」


「だって」


「笑うな」


「顔赤い」


「気のせいだ」


「赤い」


「赤くない」


 セレスは楽しそうだった。


 さっきまで機嫌が悪かったとは思えないくらい。


 ユリアはため息を吐く。


 でも嫌じゃない。


 むしろ安心した。


 こうして笑っている方がいい。


「ねえ」


「なんだ」


 セレスが手を伸ばす。


 ユリアの袖を摘まむ。


 甘える時の癖だった。


「今日は許してあげる」


「何もしてないんだが」


「した」


「してない」


「した」


 結局。


 最後まで何が悪かったのかは分からなかった。


 ただ一つだけ分かる。


 セレスは機嫌を直した。


 それで十分だった。

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