触れてしまった糸
その出来事は偶然だった。
本当に偶然だった。
セレスは神殿近くの診療所を訪れていた。
巡礼は禁止されている。
だが神殿の支援施設を見学する程度なら問題ない。
神官長の許可も出ていた。
もちろんユリアも一緒だ。
診療所の中は静かだった。
重症患者はいない。
だが待合室には何人かの住民が座っていた。
その中の一人を見た瞬間。
セレスは足を止める。
「……」
見えた。
白い糸だった。
女性の胸元から伸びている。
以前、街で見たものより濃い。
そして。
女性の表情は明らかに疲れていた。
「セレス」
ユリアが呼ぶ。
セレスは頷く。
大丈夫。
そう伝えるつもりだった。
だが。
女性が立ち上がった瞬間だった。
足元がふらつく。
「あっ」
咄嗟だった。
セレスは女性を支える。
肩へ手を伸ばす。
ただそれだけの行為だった。
その瞬間。
指先に何かが触れた。
白い糸だった。
柔らかい。
温かい。
そんな感触。
次の瞬間。
糸が光った。
「――っ」
セレスは息を呑む。
女性も目を見開いた。
だが一瞬だった。
光は消える。
そして。
白い糸も消えていた。
「大丈夫ですか」
セレスが尋ねる。
女性は何度か瞬きをした。
「……あれ?」
不思議そうな顔だった。
「どうしましたか」
「なんだか」
女性は首を傾げる。
「少し楽になった気がします」
セレスの心臓が大きく鳴った。
偶然だろうか。
本当に?
女性は礼を言って去っていく。
もう白い糸が見えなかった。
セレスはしばらく動けなかった。




