糸の先にいる人
神官長との話から三日後。
白い糸は相変わらず見えていた。
毎日ではない。
だが以前より頻度は増えている。
一本だけの日もある。
二本見える日もある。
そして今日。
セレスは神殿の中庭で三本の糸を見ていた。
遠く。
街の方へ伸びている。
「また見えてるのか」
隣でユリアが言う。
「うん」
セレスは頷いた。
最近は隠さない。
見えたら報告する。
それが神官長との約束だった。
「今日は三本」
「増えたな」
「増えたね」
セレスは糸を見つめる。
不思議だった。
最初は怖かった。
今は違う。
気になる。
知りたい。
そんな気持ちの方が強かった。
「追うなよ」
ユリアが言う。
「分かってる」
即答する。
だが。
その時だった。
一本の糸がふっと揺れた。
風ではない。
まるで何かに反応したようだった。
セレスは目を細める。
「どうした」
「今」
言いかけて止まる。
白い糸の先。
そこにいる人影が見えた気がした。
街道を歩く女性だった。
荷物を抱えている。
どこにでもいる普通の人。
だが。
白い糸はその人へ繋がっていた。
「人……?」
思わず呟く。
「何だ」
ユリアには見えない。
だから説明するしかない。
「糸の先に人がいる」
ユリアの表情が変わった。
「確かか」
「たぶん」
セレスは目を凝らす。
やはり見える。
白い糸は女性の胸元あたりから伸びていた。
そして空の向こうへ続いている。
国心環のある方向へ。
その瞬間だった。
女性がふらついた。
「え」
セレスは思わず立ち上がる。
女性は壁へ手をつく。
すぐに歩き出した。
倒れたわけではない。
だが様子がおかしい。
「セレス」
ユリアの声。
セレスは我に返る。
「ごめん」
座り直す。
だが視線は離せなかった。
女性はやがて見えなくなる。
白い糸だけが残る。
そして。
数秒後に消えた。
「消えた」
セレスは呟く。
「何が見えた」
ユリアが聞く。
セレスは少し考える。
「普通の人だった」
「それだけか」
「うん」
だが。
それだけではない気がする。
言葉にできない違和感があった。
神殿へ戻った後。
セレスはすぐに記録を書いた。
場所。
時間。
見えた人数。
女性の特徴。
そして最後に。
『体調不良の可能性』
と書き加える。
自分でも根拠はない。
ただの偶然かもしれない。
それでも書いた。
気になったからだ。
翌日。
神官長はその記録を何度も読み返していた。
「興味深いですね」
珍しくそんな言葉を口にする。
「やっぱり関係あると思いますか」
セレスが尋ねる。
神官長は首を横に振った。
「分かりません」
だが。
そこで記録を閉じる。
「ただ」
静かな声だった。
「初めて糸の先にいる人を確認しました」
セレスは頷く。
それは確かにそうだ。
今までは糸しか見えなかった。
今回は違う。
「もう少し観察しましょう」
神官長が言う。
「急がずに」
その言葉にセレスは頷いた。
だが胸の奥では別の感情が生まれていた。
もし。
あの女性が本当に体調を崩していたら。
もし。
白い糸と関係があるのなら。
自分には何かできるのだろうか。
そんな考えが頭から離れなかった。




