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導くもの



 白い糸はゆっくりと動いていた。


 夜空の中を。


 静かに。


 まるでどこかへ向かうように。


「セレス」


 ユリアの声が聞こえる。


 セレスはゆっくり瞬きをした。


「……見えてる」


「そうか」


 ユリアは立ち上がった。


 窓の外を見る。


 もちろん何も見えない。


「どうなってる」


「分からない」


 セレスは首を振った。


「でも」


「でも?」


「何となく気になる」


 それが正直な気持ちだった。


 危険な感じはしない。


 けれど放っておけない。


 白い糸を見るたびにそんな感覚が強くなっている。


「行かないよ」


 セレスは先に言った。


 ユリアが眉をひそめる。


「何も言ってない」


「顔に書いてある」


「嘘だな」


「本当だよ」


 ユリアは呆れたように息を吐いた。


 だが少し安心したようにも見えた。


 セレスは机へ戻る。


 神官長に提出するための記録へ書き加える。


『夜間視認』


『継続時間 三分以上』


『移動を確認』


 ペンを止める。


 そして少し考えた後、さらに書き足した。


『追跡欲求あり』


 書いた瞬間、自分で苦笑した。


 神官長が見たら嫌な顔をしそうだった。


 翌朝。


 案の定だった。


 神官長は報告書を読んだまま額を押さえていた。


「追跡欲求ですか」


「正直に書いた方が良いと思いまして」


 神官長は深いため息を吐いた。


 セレスは少しだけ申し訳なくなる。


「追いませんでした」


「それは評価します」


 神官長は即答した。


 そこだけは本心らしい。


 資料を閉じる。


「聖女様」


「はい」


「白い糸を見た時、どのような感覚でしたか」


 セレスは少し考える。


「人がいる気がしました」


 神官長が顔を上げる。


「人?」


「はい」


 上手く説明できない。


 だが昨夜の感覚はそんな感じだった。


「誰かがいるような」


「誰かを気にしているような」


 言葉を探しながら続ける。


「そんな感じです」


 神官長は黙り込む。


 そして机の上の資料を見つめた。


「国心環へ接続した時」


 静かな声だった。


「白い糸は見えますね」


「はい」


「糸が増える時は?」


「災害の後や、国が不安定な時が多いです」


 神官長は頷く。


 それは過去の記録とも一致している。


「では」


 神官長が続ける。


「その糸はどこから来ると思いますか」


 セレスは答えに詰まった。


 考えたことがなかった。


 糸は国心環にあるものだと思っていたからだ。


「分かりません」


 正直に答える。


 神官長も首を振った。


「私も分かりません」


 だが。


 そこで言葉を止める。


「最近、一つ考えていることがあります」


 セレスは顔を上げる。


 神官長が推測を口にするのは珍しい。


「白い糸は最初から国心環に存在するものではないのかもしれません」


 部屋が静かになる。


 セレスはその言葉を反芻した。


 最初から存在しない。


 つまり。


 どこか別の場所から来るということだ。


「どこからですか」


「分かりません」


 神官長はそう答えた。


 だが。


 珍しく視線が窓の外へ向く。


「もし存在するとしたら」


 小さく呟く。


「人かもしれません」


 セレスの胸が僅かにざわつく。


 昨夜感じた感覚。


 誰かがいるような気配。


 それと繋がっている気がした。


 神官長はそれ以上話さなかった。


 まだ推測に過ぎないからだろう。


 だがセレスは思う。


 もし本当に。


 白い糸が人から生まれているのなら。


 自分が見ているものは。


 ただの異常ではないのかもしれない、と。


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