神殿の外
数日後。
神官長から一つの許可が下りた。
「買い物?」
セレスは首を傾げる。
「はい」
神官長は頷いた。
「巡礼は許可できません」
「ですが、神殿内に閉じ込めておくつもりもありません」
セレスは少し驚いた。
てっきり外出も制限されると思っていたからだ。
「街へ行ってもいいんですか」
「短時間であれば」
神官長は言う。
「もちろんユリア殿と一緒に」
予想通りだった。
セレスは思わず笑う。
神官長もユリアも考えることは同じらしい。
神官長室を出る。
廊下で待っていたユリアへ報告した。
「街へ行けることになった」
「そうか」
反応は薄い。
だが僅かに安心したようにも見えた。
「何か欲しいものある?」
「ない」
「即答だね」
「お前はあるのか」
セレスは少し考える。
欲しいもの。
特に思い浮かばない。
巡礼なら目的がある。
だが今回はただの外出だ。
「ないかも」
「じゃあ散歩だな」
ユリアが言う。
確かにその通りだった。
翌日。
二人は久しぶりに街へ出た。
聖女の正装ではない。
目立たない外出用の服装だった。
それでもセレスだと気付く人はいる。
街の人々が頭を下げる。
声を掛けてくる。
セレスも一人一人に応える。
「元気そうで良かった」
八百屋の店主が言う。
「ありがとうございます」
セレスは微笑んだ。
「少し休んでいるだけです」
「それならいい」
店主は安心したように笑った。
そういう反応が続く。
どうやら巡礼延期の話は街にも広がっているらしい。
心配を掛けてしまっている。
少し申し訳なかった。
二人は市場を歩く。
果物。
野菜。
焼き菓子。
香辛料。
賑やかな声が響いていた。
久しぶりだった。
こうして何も考えずに歩くのは。
「これ」
不意にユリアが立ち止まる。
視線の先には小さな露店があった。
アクセサリーを売っているらしい。
セレスは少し意外に思う。
「珍しいね」
「そうか?」
「興味ないと思ってた」
ユリアは肩をすくめた。
そして。
一つの耳飾りを手に取る。
青い石が付いていた。
どこか見覚えのある色だった。
「似てる」
ユリアが呟く。
「何に?」
「お前の」
セレスは耳に触れる。
ユリアと二人の時に身につけている青の耳飾り。
ユリアから贈られたものだ。
「ああ」
納得した。
確かによく似ている。
「買うの?」
「いや」
ユリアは耳飾りを戻した。
「見ただけだ」
そのまま歩き出す。
セレスは少しだけ不思議な気持ちになる。
珍しいこともあるものだ。
市場を抜ける。
広場へ出る。
噴水の周りでは子供たちが遊んでいた。
平和な光景だった。
セレスはその様子を眺める。
こういう景色を見ると。
聖女になって良かったと思う。
守りたいと思う。
その時だった。
視界の端で白いものが揺れた。
セレスの笑顔が消える。
反射的にそちらを見る。
白い糸。
今度ははっきり見えた。
一本ではない。
二本。
三本。
細い糸が広場の向こうへ伸びている。
「セレス」
ユリアの声。
気付かれていたらしい。
「見えたのか」
セレスは小さく頷く。
白い糸はすぐに消えた。
だが。
前より確実に増えている。
そして。
前より長く見えるようになっている。
セレスは胸の奥がざわつくのを感じた。
神官長へ報告しなければならない。
そう思った。
けれど。
それ以上に気になることがあった。
あの糸は。
どこへ繋がっていたのだろう。
広場の向こう。
人混みの中へ伸びていたように見えた。




