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できること



 崩落の報告から二日後。


 現場の対応は無事に終わったと知らせが入った。


 死者はいない。


 怪我人も回復に向かっているらしい。


 それを聞いて、セレスはようやく胸を撫で下ろした。


「安心したか」


 ユリアが聞く。


「うん」


 セレスは素直に頷いた。


 本当に安心した。


 もし犠牲者が出ていたら。


 きっともっと気にしていただろう。


「行かなくてよかった」


「それはどうかな」


「行ってたら怒られてたぞ」


「神官長に?」


「オレに」


 セレスは思わず笑った。


 ユリアは本気らしい。


 少しだけ怖い。


 その日の午後。


 セレスは神殿の書庫にいた。


 巡礼が延期になった分、時間ができている。


 だから今しかできない仕事をしていた。


 過去の巡礼記録の整理。


 地域ごとの報告書確認。


 今後の支援計画の見直し。


 現地へ行けなくてもできることはある。


 そう考えたのだ。


 机の上には書類の山ができていた。


「聖女様」


 声を掛けられる。


 顔を上げるとリシュリーだった。


 数冊の本を抱えている。


「勉強ですか」


 セレスが尋ねる。


「はい」


 リシュリーは頷いた。


 最近はよく書庫で見掛ける。


 候補生の課題も増えているらしい。


「何を読んでいるんですか」


「地方神殿の運営記録です」


 セレスは少し驚いた。


 もっと華やかな資料を読んでいると思っていた。


「地味ですね」


「大事です」


 即答だった。


 リシュリーらしい。


 セレスは小さく笑う。


「そうですね」


 確かに大事だ。


 巡礼へ行くとよく分かる。


 神殿は祈るだけの場所ではない。


 人々の生活を支える場所でもある。


 書類一枚が誰かを助けることもある。


 リシュリーは抱えていた本を机へ置いた。


 そして少し迷うような表情を見せる。


「どうしたんですか」


 セレスが聞く。


「いえ……」


 リシュリーは首を振る。


 だが何か言いたそうだった。


「気になります」


 セレスが言う。


 リシュリーは困った顔をする。


 そして小さな声で言った。


「聖女様は」


 一度言葉が止まる。


「巡礼へ行けなくて辛くないんですか」


 セレスは瞬きをした。


 予想していなかった質問だった。


 少し考える。


 そして正直に答えた。


「辛いですよ」


 リシュリーが顔を上げる。


「そうなんですか」


「もちろんです」


 セレスは微笑んだ。


「行きたいですし」


「心配ですし」


「自分の目で見たいです」


 本音だった。


 現場へ行けば分かることがある。


 人と話して初めて見えるものもある。


 それができないのはもどかしい。


「でも」


 セレスは窓の外を見る。


「今は仕方ありません」


 そう言った。


 リシュリーは黙って聞いている。


「できないことばかり考えていても疲れてしまいますから」


 セレスは机の書類を軽く叩く。


「今できることをします」


 リシュリーの視線が書類へ向く。


 しばらく何も言わない。


 やがて。


「あたしには無理かもしれません」


 そう呟いた。


「何がですか」


「待つことです」


 セレスは少し笑う。


 若いな、と思った。


 自分も昔はそうだった。


 できるなら今すぐ動きたかった。


 結果を出したかった。


「そのうち慣れますよ」


「慣れたくありません」


 予想外の返事だった。


 セレスは思わず笑った。


 リシュリーは少し恥ずかしそうに視線を逸らした。


 だが、その表情はどこか晴れていた。


 不安を抱えているのは自分だけではない。


 そう思えたのかもしれない。


 セレスはふと考える。


 もし本当に。


 いつか後継者が必要になる日が来たら。


 リシュリーはどうするのだろう。


 きっと逃げない。


 怖くても。


 不安でも。


 前へ進むだろう。


 それがこの少女だ。


 セレスはそんなことを思いながら、再び書類へ視線を落とした。


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