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小さな異変


 それから数日。


 神官長の指示通り、巡礼は延期されたままだった。


 国心環への接続の回数も減らされている。


 祈祷を行う時は必ずユリアが近くにいた。


 セレスにとっては少し窮屈だった。


 だが反論はしなかった。


 記録を読んだ今となっては、無理に押し通す気にもなれない。


 その日の午後。


 セレスは執務室で書類を確認していた。


 静かな時間だった。


 ペンを走らせる。


 一枚終わる。


 次へ手を伸ばす。


 その時。


 紙の端に白い線が見えた。


 セレスの手が止まる。


「……」


 視線を向ける。


 何もない。


 ただの紙だった。


 だが確かに見えた気がした。


 最近増えている。


 白い糸を見間違えることが。


 いや。


 本当に見間違いなのだろうか。


 神官長の話を聞いてから、自信がなくなっていた。


「どうした」


 向かいにいたユリアが聞く。


「なんでもない」


 反射的に答える。


 ユリアの目が細くなる。


「本当か」


「本当」


 少し間が空いた。


「嘘だな」


 セレスは苦笑する。


 隠せる気がしない。


「少し見えただけ」


「白い糸か」


 もう説明も不要だった。


 セレスは頷く。


 ユリアはため息をつく。


「神官長に報告だな」


「大げさだよ」


「大げさじゃない」


 即答だった。


 セレスは肩をすくめる。


 最近のユリアは少し過保護だ。


 いや。


 昔からかもしれない。


 今までは気付かなかっただけで。


 その時だった。


 扉がノックされる。


「失礼します」


 入ってきたのは若い神官だった。


 少し慌てた様子をしている。


「どうしましたか」


 セレスが聞く。


「聖女様」


 神官は一礼する。


「北門の近くで小規模な崩落がありました」


 セレスは表情を引き締めた。


「怪我人は?」


「数名です」


 命に別状はないらしい。


 それだけで少し安心する。


「分かりました」


 セレスは立ち上がった。


 現場確認くらいは必要だろう。


 そう思った。


 だが。


「座れ」


 ユリアが言った。


 低い声だった。


「ユリア?」


「神官を行かせろ」


 セレスは少し困る。


「でも」


「でもじゃない」


 珍しく強い口調だった。


 神官もどうしていいか分からない顔をしている。


 その時。


 再び扉が開いた。


 神官長だった。


 まるでタイミングを見計らったように。


「報告は聞きました」


 神官長は部屋へ入る。


「現場には別の神官を向かわせます」


 セレスは思わず聞いた。


「私も行けます」


「行けません」


 即答だった。


 神官長とユリア。


 二人とも同じ顔をしている。


 セレスは少しだけ居心地が悪くなった。


「怪我人がいるんですよ」


「だからこそです」


 神官長が言う。


「今の聖女様が崩落現場へ向かい、さらに倒れたらどうしますか」


 反論できなかった。


 正論だった。


 分かっている。


 分かっているのだが。


 納得は別問題だった。


「聖女様」


 神官長の声は穏やかだった。


「今は休むことも仕事です」


 セレスは黙る。


 昔から苦手な言葉だった。


 休むこと。


 それを仕事だと思えない。


 けれど。


 今は従うしかなかった。


「……分かりました」


 ようやくそう答える。


 神官長は小さく頷いた。


 ユリアも何も言わない。


 ただ少しだけ安心した顔をしていた。


 その様子を見て。


 セレスは小さく息を吐く。


 自分が思っている以上に。


 二人は心配しているらしい。


 それが少しだけ申し訳なかった。


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