休めない人
神官長室を出た後。
セレスはどこか落ち着かなかった。
単独での接続は禁止。
接続時はユリアを同席させる。
神官長の口調は穏やかだったが、内容は実質的な制限だった。
それだけ状況を重く見ているということだろう。
「不満そうだな」
隣を歩くユリアが言った。
「顔に出てる?」
「出てる」
即答だった。
セレスは少しだけ苦笑する。
「別に不満じゃないよ」
「嘘だな」
「嘘じゃない」
言い返したものの、説得力はなかった。
自分でも分かっている。
不満というより焦りだった。
何かが起きている。
そのことだけは確かだ。
なのに何も分からない。
それが落ち着かなかった。
「神官長の言う通りだと思う」
ユリアが言う。
セレスは少し驚く。
もっと反発すると思っていた。
「意外」
「何がだ」
「もう少し怒るかと思った」
ユリアは眉をひそめた。
「怒ってる」
「そうなの?」
「かなり」
セレスは思わず立ち止まる。
ユリアが怒っている時は分かりやすい。
だが今は普段と変わらない。
「神官長に?」
「違う」
「じゃあ誰に?」
ユリアはすぐには答えなかった。
数歩歩いてから、ぽつりと言う。
「お前に」
セレスは言葉を失った。
予想外だった。
「私?」
「記録を読んで」
ユリアが続ける。
「自分の症状も分かって」
「それでも無理をする気だっただろ」
図星だった。
セレスは目を逸らす。
ユリアはため息をつく。
「やっぱりな」
「だって」
言いかけて止まる。
自分でも言い訳になると分かっていた。
「だって?」
ユリアが聞く。
セレスは少し黙る。
そして正直に言った。
「聖女だから」
それが一番の理由だった。
国のため。
人のため。
聖女はそういうものだと思っている。
昔から。
ずっと。
「馬鹿だな」
ユリアが言った。
セレスはむっとする。
「ひどい」
「ひどくない」
即答だった。
「お前は昔からそうだ」
ユリアは歩きながら続ける。
「自分のことになると雑になる」
「そんなことない」
「ある」
反論を許さない口調だった。
セレスは黙り込む。
否定できない。
神官長にも似たようなことを言われたばかりだ。
「私は」
セレスが呟く。
「別に死にたいわけじゃないよ」
ユリアの足が止まった。
初めて表情が動く。
痛そうな顔だった。
その顔を見て。
セレスはようやく気付く。
言うべきではなかった。
そういう問題じゃない。
ユリアにとっては。
「ごめん」
小さく言った。
ユリアは何も答えない。
しばらく沈黙が続く。
風だけが吹いていた。
やがて。
「知ってる」
ユリアが言う。
低い声だった。
「知ってるけど」
そこで言葉が切れる。
珍しく続きが出てこない。
セレスは黙って待つ。
「もう二度と見たくない」
ようやく出た言葉だった。
セレスの胸が締め付けられる。
ユリアは前を向いたままだった。
こちらを見ない。
だが。
その一言だけで十分だった。
セレスは何も言えなくなる。
十八歳の自分にはまだ分からない。
けれど。
ユリアは違う。
幼い頃に目の前で親を失って、剣士への道へ進んだユリア。
失う側の痛みを知っている。
だから怖いのだ。
だから怒っているのだ。
しばらくして。
セレスは小さく笑った。
「分かった」
ユリアは何も言わない。
「少しだけ」
セレスは続ける。
「自分のことも考える」
その約束が守れるかどうかは分からない。
それでも。
今はそう言いたかった。
ユリアは呆れたように息を吐く。
「少しじゃなくて全部だ」
「それは無理」
「知ってる」
久しぶりに。
本当に久しぶりに。
ユリアが少しだけ笑った。
セレスもつられて笑う。
ほんの少しだけ。
胸の重さが軽くなった気がした。




