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分からないもの



 神殿へ戻ったその日の夕方。


 セレスは神官長室を訪れていた。


 ユリアも一緒だった。


「街でも見えました」


 席に着くなり報告する。


 神官長は手元の書類を置いた。


「何本ですか」


「三本ほどです」


「場所は」


 セレスは広場の位置を説明する。


 神官長は地図を広げた。


 そして印を付ける。


 少し考え込む。


「何かありますか」


 セレスが尋ねる。


 神官長は首を横に振った。


「分かりません」


 予想していた答えだった。


 だが少しだけ残念でもある。


 神官長なら何か知っていると思った。


「記録にもありませんか」


「少なくとも私は見つけていません」


 神官長はそう言った。


 それはつまり。


 今の状況が過去の記録と一致しなくなってきているということだった。


 セレスは無意識に青の耳飾りへ触れる。


 最近の癖になっていた。


「聖女様」


 神官長が呼ぶ。


「白い糸を見た時、何か感じませんでしたか」


 セレスは考える。


 昨夜。


 街。


 それぞれを思い出す。


「……気になります」


 それが一番近かった。


「気になる?」


「追いかけたくなるというか」


 神官長は黙る。


 ユリアの表情も少し険しくなった。


 セレスは続ける。


「でも危険な感じはしません」


「むしろ」


 言葉を探す。


「呼ばれているような気がします」


 部屋が静かになった。


 自分で言っていて妙な話だと思う。


 だが嘘ではない。


 糸を見ると気になる。


 目が離せない。


 理由は分からない。


 神官長はしばらく考えていた。


 やがて口を開く。


「今後は一人で追わないでください」


「追うつもりはありません」


「本当ですか」


 即座に返される。


 セレスは言葉に詰まった。


 少しだけ追いたいと思ったのは事実だった。


 神官長が小さくため息を吐く。


「ユリア殿」


「分かってる」


 ユリアが答える。


「一人にはしない」


 それで話は終わったらしい。


 神官長は地図を閉じた。


 だが表情は晴れない。


 珍しいことだった。


 いつもなら何らかの見解を示してくれる。


 今回は本当に分からないのだろう。


 神官長室を出る。


 廊下を歩きながら、セレスは小さく息を吐いた。


「納得してないな」


 ユリアが言う。


「少しだけ」


 セレスは認めた。


「気になる」


 ユリアは黙る。


「白い糸が?」


「うん」


 自然とタメ口になる。


 二人きりだからだ。


「何だろうって思う」


 今までは接続中だけだった。


 見える理由も考えなかった。


 聖女だから。


 それだけだった。


 だが今は違う。


 接続していない。


 街でも見える。


 増えている。


 理由が分からない。


 分からないから気になる。


「オレは気にならない」


 ユリアが言った。


「どうして?」


「嫌な予感しかしないから」


 セレスは思わず笑った。


 実にユリアらしい。


「笑うな」


「ごめん」


「反省してないな」


「少しはしてる」


 ユリアは呆れたように息を吐いた。


 その時だった。


 廊下の窓から夕日が差し込む。


 赤い光が床を染める。


 セレスは何となく窓の外を見た。


 そして。


 息を呑む。


 白い糸が見えた。


 今までで一番太い。


 今までで一番長い。


「……」


 言葉が出ない。


 隣のユリアには見えていない。


 当然だ。


 見えるはずがない。


 それでも。


 セレスには分かった。


 あれは今までのものと違う。


 そして。


 なぜか目を離してはいけない気がした。


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