白い糸の先
その夜。
セレスは自室の窓辺に座っていた。
机には開いたままの本。
だがページはほとんど進んでいない。
文字を追っても頭に入らなかった。
昼間のことを考えていた。
リシュリー。
神官長。
接続記録。
そして白い糸。
知らなければよかったとは思わない。
むしろ知ってよかった。
だが。
知ったからこそ見えてくるものもある。
それが少し厄介だった。
窓の外を見る。
夜空には星が浮かんでいた。
静かな夜だった。
その時。
視界の端で何かが揺れた。
セレスの身体が強張る。
反射的に顔を向ける。
白い糸だった。
昨日よりはっきりしている。
細い。
けれど確かに存在している。
幻ではない。
セレスは立ち上がる。
ゆっくり近付く。
糸は窓の外へ伸びていた。
「……」
心臓が少し速くなる。
本来なら見えないはずのもの。
接続していない。
それなのに。
見えている。
糸は夜の闇の中へ続いていた。
どこへ繋がっているのか分からない。
ただ。
見ていると妙な感覚があった。
懐かしいような。
寂しいような。
説明できない感覚。
セレスは無意識に手を伸ばした。
指先が糸へ触れる。
その瞬間だった。
景色が揺れる。
息が止まる。
視界が白く染まる。
「――っ」
声にならない。
頭の奥へ何かが流れ込んでくる。
知らないはずの景色。
知らないはずの声。
誰かが泣いている。
誰かが祈っている。
苦しい。
助けて。
そんな感情だけが断片的に流れ込んできた。
そして。
次の瞬間には消えた。
セレスは膝をつく。
呼吸が乱れている。
「何……今の」
答える者はいない。
自室には自分しかいなかった。
だが一つだけ分かる。
今までの意識混濁とは違う。
もっと直接的だった。
まるで。
誰かの感情に触れたような。
そんな感覚だった。
しばらくして呼吸が落ち着く。
再び窓を見る。
白い糸は消えていた。
最初からなかったかのように。
セレスはベッドへ腰掛ける。
頭を整理しようとする。
だが上手くまとまらない。
白い糸。
国心環。
人々の苦しみ。
神官長の言葉。
『接続が深くなるほど、その境界は曖昧になります』
境界。
その言葉が妙に引っ掛かった。
もし今の感覚が本物なら。
自分と何かの境界が薄くなっている。
そんな気がした。
翌朝になったら神官長へ話そう。
そう決める。
だが。
その前に確認したいことが一つあった。
セレスは窓の外を見上げる。
夜空の向こう。
国心環がある方向を。
そして小さく呟いた。
「あなたは何なの」
もちろん返事はない。
けれど。
今までより少しだけ近付いた気がしていた。
知ってはいけないものへ。




