休暇
巡礼延期の知らせは、その日のうちに神殿内へ伝えられた。
もちろん理由までは公表されない。
表向きは調整のため。
それだけだった。
セレス自身も大きく反対はしなかった。
反対できなかったと言った方が正しいかもしれない。
記録を読んだ今となっては、自分でも無理はできないと分かっていた。
とはいえ。
急に時間が空くと落ち着かない。
朝の祈祷。
書類仕事。
面会。
最低限の仕事は続いている。
だが巡礼がなくなっただけで随分違った。
「暇そうだな」
執務室のソファで本を読んでいると、ユリアが言った。
「暇じゃないよ」
「本を逆さまに持ってるぞ」
セレスは慌てて本を閉じた。
確かに逆だった。
ユリアが呆れた顔をする。
「考え事か」
「少し」
否定はしなかった。
ユリア相手では隠しても意味がない。
むしろすぐ見抜かれる。
「神官長のこと?」
「それもある」
セレスは窓の外を見る。
神官長は何か知っている。
確信ではない。
けれどそう感じる。
歴代聖女の記録。
接続記録。
白い糸。
その全部を知った上で、まだ話していないことがある気がした。
「でも」
セレスは首を振る。
「今は考えても分からないかな」
推測だけでは答えに辿り着けない。
神官長が話す気になるのを待つしかない。
その時だった。
扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのはリシュリーだった。
いつもの候補生の制服姿。
だが少し緊張しているように見える。
「どうしたんですか?」
セレスが聞く。
リシュリーは小さく頭を下げた。
「お時間をいただけますか」
「もちろん」
セレスは向かいの席を勧める。
リシュリーは座った。
そして。
珍しく言葉を探している。
セレスは黙って待った。
急かさない。
それが一番話しやすいと知っているから。
「聖女様」
ようやく口を開く。
「最近お疲れではありませんか」
セレスは少し驚いた。
「どうして?」
「巡礼が延期になったと聞きました」
なるほど。
候補生の耳にも入っているらしい。
「大したことじゃないんですよ」
反射的に答える。
だが。
リシュリーは納得していない顔だった。
「本当にですか」
「本当です」
「……」
じっと見られる。
セレスは少し困った。
神官長と似ている。
嘘を見抜く時の顔が。
「少し休めと言われただけです」
結局そう答える。
完全な嘘ではない。
リシュリーは少しだけ安心したようだった。
「そうですか」
それでも不安は残っているらしい。
セレスは苦笑する。
「心配してくれたんですか?」
リシュリーの顔が赤くなる。
「それは……」
「ありがとうございます」
先に言う。
リシュリーはますます困った顔になった。
その様子が少し可愛らしくて、セレスは笑った。
しばらく雑談をして。
やがてリシュリーは帰っていった。
扉が閉まる。
静けさが戻る。
「慕われてるな」
ユリアが言った。
「そうかな」
「そうだ」
即答だった。
セレスは少し考える。
リシュリーは良い子だ。
真面目で。
一生懸命で。
自分より他人を優先する。
少し心配になるくらいに。
その時。
ふと。
神官長の言葉を思い出した。
『正式には三か月前です』
候補選定。
三か月前。
セレスは窓の外を見る。
中庭を歩くリシュリーの姿が見えた。
遠ざかっていく背中。
まだ候補生の背中。
なのに。
なぜだろう。
一瞬だけ。
未来の聖女の姿が重なって見えた。
セレスは目を細める。
そして小さく息を吐いた。
それが現実にならない方が良いのか。
それとも。
現実になった方が良いのか。
自分でもまだ分からなかった。




