前例
翌朝。
セレスは朝一番で神官長室を訪れていた。
ユリアも一緒だった。
神官長は二人の顔を見るなり、机の上の書類を閉じる。
「何かありましたか」
セレスは椅子へ腰掛けた。
「昨日の夜、白い糸が見えました」
神官長の動きが止まる。
「接続中ではありません」
付け加える。
神官長はしばらく黙った。
予想外だったのだろう。
それがセレスにも分かった。
「見間違いでは?」
神官長は確認するように聞く。
「そう思いたいです」
セレスは答えた。
「でも違うと思います」
神官長は指を組む。
考え込むような仕草だった。
「どのように見えましたか」
「細くて、薄くて」
セレスは昨夜の光景を思い出す。
「接続中ほどはっきりじゃありません」
「一本ですか」
「たぶん」
神官長は頷く。
そして立ち上がった。
書棚へ向かう。
何冊かの資料を取り出した。
その中の一冊を開く。
古い記録らしい。
ページの端が擦り切れていた。
「前例はあります」
神官長が言った。
セレスは目を見開く。
「あるんですか」
「少数ですが」
神官長は視線を記録へ落とす。
「接続期間が長い聖女」
「国心環との同期率が高い聖女」
「その中の一部で報告されています」
ページをめくる。
そして一箇所を指した。
「こちらです」
セレスは身を乗り出した。
そこにはこう書かれていた。
『接続外において白糸を視認』
『頻度少』
『経過観察』
セレスは黙り込む。
自分と同じだった。
「続きがあります」
神官長が言う。
さらにページをめくる。
『白糸視認頻度増加』
『接続時との差異減少』
胸がざわついた。
嫌な予感がする。
「その人はどうなったんですか」
ユリアが聞いた。
神官長は記録を閉じる。
「三年後に亡くなっています」
部屋が静まり返った。
セレスは表情を変えなかった。
だが内心は穏やかではない。
「全員ですか」
しばらくして尋ねる。
「いいえ」
神官長は首を振った。
「例外もいます」
その言葉に少しだけ息をつく。
「ただ」
神官長は続けた。
「接続外で白糸を見始めた時期は、どなたも負荷の増加が確認されています」
つまり。
偶然ではない。
そういうことだった。
セレスは視線を落とす。
記録室で読んだ言葉が浮かぶ。
『接続負荷増加を確認』
『経過観察』
『本人希望により接続継続』
まるで同じ道を歩いているようだった。
「聖女様」
神官長が呼ぶ。
セレスは顔を上げる。
「国心環の接続を一時的に減らします」
予想外の言葉だった。
「え?」
「巡礼も延期します」
「でも――」
「これは決定です」
珍しく強い口調だった。
セレスは言葉を飲み込む。
神官長は続けた。
「今までの聖女の記録を見ても、負荷が増加した状態で無理をして良い結果になった例はありません」
反論できなかった。
記録を読んだのは自分だ。
そこに書かれていたことも知っている。
「しばらく様子を見ます」
神官長は静かに言った。
「その間に私も調べます」
「何をですか」
「なぜ聖女様の負荷が増えているのかを」
セレスは少しだけ違和感を覚えた。
増えている。
神官長はそう断言した。
まるで何か心当たりがあるように。
「神官長」
「はい」
「何か知っているんですか」
神官長は一瞬だけ沈黙した。
だが首を横に振る。
「推測ならあります」
その答えは肯定に近かった。
セレスはそれ以上追及しなかった。
今はまだ話すつもりがないのだろう。
神官長も確証がないのかもしれない。
神官長室を出た後。
廊下を歩きながら、セレスは窓の外を見た。
青空だった。
いつもと変わらない景色。
それなのに。
何かが少しずつ変わり始めている気がした。
しかもそれは、自分では止められない場所で。




