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見えてはいけないもの



 その日の夜。


 セレスは一人で祈祷室を訪れていた。


 特別な用事があったわけではない。


 ただ少しだけ考え事をしたかった。


 昼間の違和感が頭から離れなかったのだ。


 接続していないはずだった。


 それなのに。


 白いものが見えた気がした。


 もちろん見間違いかもしれない。


 疲れているのかもしれない。


 神官長にもそう言われるだろう。


 だが。


 記録を読んだ後では簡単に片付けられなかった。


 祈祷室の中央へ進む。


 静かな空間だった。


 夜の神殿は昼間とは別の場所のように感じる。


 セレスは祭壇の前へ座った。


 深く息を吐く。


 目を閉じる。


 考えを整理しようとした。


 だが。


 上手くいかなかった。


 頭の中に浮かぶのは記録ばかりだった。


『白糸増加傾向』


『負荷蓄積を確認』


『短時間の意識混濁を確認』


 そして。


『本人希望により接続継続』


 歴代聖女たちの記録。


 自分の記録。


 どちらも同じ流れだった。


 セレスはゆっくり目を開く。


 その時だった。


 視界の端で何かが揺れた。


 反射的に振り向く。


 誰もいない。


 だが。


 今度は見間違いではなかった。


 白い糸だった。


 細く。


 淡く。


 月明かりの中に溶けるような糸。


「……」


 セレスは動けなかった。


 あり得ない。


 接続していない。


 国心環に触れていない。


 なのに見えている。


 糸はすぐに消えた。


 まるで幻のように。


 セレスは立ち上がる。


 周囲を見る。


 何もない。


 誰もいない。


 静かな祈祷室だけだった。


 胸の鼓動が少し速い。


 気のせいではない。


 今度は確信があった。


 見えた。


 確かに見えた。


「どうして……」


 小さく呟く。


 答える者はいない。


 その時。


 扉が開く音がした。


 セレスは振り返る。


 入ってきたのはユリアだった。


「やっぱりここか」


 当然のような口調だった。


 セレスは少しだけ安心する。


「眠れないのか」


「少しね」


 ユリアは祭壇の近くまで歩いてくる。


 そしてセレスの顔を見た。


「何かあったな」


 鋭い。


 昔からそうだった。


 セレスは少し迷った。


 だが隠しても仕方がない。


「白い糸が見えた」


 そう言った。


 ユリアの表情が変わる。


「接続中か」


「違う」


 短く答える。


「今」


 沈黙が落ちた。


 ユリアは何も言わない。


 だが事の重大さは理解したらしい。


「見間違いじゃないのか」


「そう思いたい」


 セレスは苦笑した。


「でも違うと思う」


 ユリアは腕を組む。


 考え込むように。


「神官長に話すか」


 やがてそう言った。


「明日ね」


 セレスは頷く。


 今から呼び出すほどではない。


 だが報告は必要だ。


 昨日ならそう思わなかったかもしれない。


 しかし今は違う。


 接続記録を読んだ。


 歴代聖女の記録も読んだ。


 だから分かる。


 これは見過ごしてはいけない。


 ユリアは隣へ座った。


 何も言わない。


 ただそこにいる。


 それだけだった。


 セレスは少しだけ肩の力を抜いた。


 一人だったら。


 もっと不安だったかもしれない。


 夜の祈祷室は静かだった。


 だがセレスの胸の中だけが落ち着かなかった。


 見えてはいけないものを見てしまった。


 そんな気がしていた。


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