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見送る背中



 リシュリーが帰った後も、セレスはしばらく窓の外を眺めていた。


 夕方の柔らかな光が神殿の中庭を照らしている。


 候補生たちの姿はもう見えない。


 静かな時間だった。


「優しいな」


 不意にユリアが言った。


 いつの間にか部屋へ入ってきていたらしい。


 セレスは振り返る。


「誰が?」


「お前」


 即答だった。


 セレスは苦笑する。


「普通のことを言っただけだよ」


「そうか?」


 ユリアは壁際へ寄りかかる。


 少し考えるような顔をしていた。


「リシュリーは安心した顔をしてた」


「そうかな」


「そうだ」


 ユリアは断言した。


 セレスは窓の外へ視線を戻す。


 安心した顔。


 そうだったかもしれない。


 少なくとも来た時よりは。


「頑張り屋だからね」


 ぽつりと言う。


「知ってる」


「自分に厳しいし」


「知ってる」


「真面目だし」


「知ってる」


 そこでセレスは笑った。


「全部知ってるじゃない」


「見てれば分かる」


 ユリアはそっけなく答える。


 しばらく沈黙が落ちる。


 心地よい静けさだった。


 昨日までの重苦しさが少しだけ薄れている。


 リシュリーと話したおかげかもしれない。


 だが。


 完全に忘れたわけではなかった。


 神官長室。


 接続記録。


 意識混濁。


 後継者選定。


 頭の片隅に残っている。


「ユリア」


「なんだ」


「もし」


 セレスは言いかけて止まる。


 ユリアがこちらを見る。


「なんでもない」


 結局そう言った。


 まだ口にしたくなかった。


 自分の中でも整理できていない。


 ユリアはそれ以上聞かなかった。


 無理に聞き出さないのは昔からだ。


「散歩でもするか」


 代わりにそう言った。


 セレスは少し驚く。


「仕事は?」


「終わった」


「珍しい」


「失礼だな」


 セレスは小さく笑った。


 少しだけ気持ちが軽くなる。


 二人で廊下を歩く。


 夕方の神殿は静かだった。


 神官たちも仕事を終え始めている時間だ。


 中庭へ出る。


 風が心地よい。


 花壇の花が揺れていた。


「リシュリーは聖女になれると思うか?」


 不意にユリアが聞いた。


 セレスは少し考える。


 そして頷いた。


「なれると思う」


 迷いはなかった。


「向いてるかは分からないけど」


「向いてないのか」


「向いてない人の方が向いてることもあるよ」


 ユリアは眉をひそめた。


 意味が分からないらしい。


 セレスは続ける。


「聖女になりたい人が聖女になるとは限らない」


「そうだな」


「でも責任を知ってる人は強い」


 リシュリーは責任感が強い。


 だから苦しむ。


 だから悩む。


 それでも前へ進もうとする。


 その姿は嫌いじゃなかった。


 むしろ。


 眩しいと思う。


 二人は中庭を歩き続ける。


 その時だった。


 視界の端で何かが揺れた。


 白いもの。


 細い線のようなもの。


 セレスは反射的にそちらを見る。


 だが何もなかった。


「どうした」


 ユリアが聞く。


「……ううん」


 首を振る。


 気のせいかもしれない。


 接続していない。


 なら白い糸が見えるはずはない。


 そう思う。


 だが。


 妙な違和感だけが残った。


 神官長の言葉が頭をよぎる。


『接続が深くなるほど、その境界は曖昧になります』


 セレスは無意識に空を見上げた。


 夕焼けが広がっている。


 綺麗だった。


 けれど胸の奥に残る違和感は消えなかった。


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