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候補生



 翌日。


 セレスはいつも通りの時間に執務室へ向かった。


 昨日聞いた話は重かった。


 だが。


 一晩眠ったからといって現実が変わるわけではない。


 聖女の仕事もなくならない。


 だから普段通りに過ごす。


 それがセレスなりの答えだった。


 扉を開く。


 机の上には今日の予定表が置かれていた。


 巡礼の報告。


 面会。


 書類確認。


 そして。


 午後。


 聖女候補生指導。


 セレスの視線がそこで止まる。


「リシュリーか」


 小さく呟いた。


 昨日の話を聞いた後だからだろう。


 その名前が妙に気になった。


 神官長は三か月前から候補選定を始めていた。


 そして正式な候補の一人がリシュリーだ。


 偶然ではない。


 きっと神官長なりの理由がある。


 それでも。


 セレス自身はまだ実感がなかった。


 自分の後継者。


 そう考えるには早すぎる気がした。


 午後。


 候補生たちが集まる。


 聖女教育の一環だ。


 神殿の知識。


 礼儀作法。


 祈祷。


 歴史。


 学ぶことは多い。


 リシュリーはいつも通り最前列だった。


 背筋を伸ばして座っている。


 真面目さが服を着て歩いているような少女だった。


 セレスは少しだけ笑いそうになる。


 授業が始まる。


 質問を投げる。


 答えるのは大抵リシュリーだった。


 もちろん他の候補生も優秀だ。


 だが。


 理解の速さが一段違う。


「では、この場合は?」


 セレスが尋ねる。


 リシュリーは少し考えた後に答えた。


 正解だった。


「その通りです」


 セレスは頷く。


 リシュリーの表情が少しだけ明るくなる。


 本当に少しだけ。


 だが分かった。


 褒められるのが嬉しいらしい。


 授業は順調に進んだ。


 何事もなく終わる。


 候補生たちは帰っていく。


 だが。


「聖女様」


 一人だけ残った。


 リシュリーだった。


「どうしましたか」


 セレスが聞く。


 リシュリーは少し迷っているようだった。


 珍しい。


 普段はもっとはっきり話す。


「相談があります」


 そう言った。


「相談?」


「はい」


 セレスは椅子を勧める。


 リシュリーは座った。


 少し緊張しているように見える。


「実は」


 言いかけて。


 一度口を閉じる。


 そして意を決したように顔を上げた。


「あたしは聖女になれるでしょうか」


 セレスは瞬きをした。


 予想していなかった質問だった。


 リシュリーは真剣だった。


 冗談ではない。


 本気で悩んでいる。


「どうしてそう思うんですか」


 セレスが聞く。


 リシュリーは少し俯く。


「努力はしています」


「知っています」


「でも」


 そこで言葉が止まる。


「聖女様みたいにはなれません」


 セレスは黙った。


 その言葉は。


 思ったより重かった。


 リシュリーは憧れている。


 尊敬している。


 だからこそ比べてしまう。


 そして。


 届かないと思っている。


 セレスはしばらく考えた。


 昨日までなら違う答えを返したかもしれない。


 だが今は少しだけ違った。


「リシュリーさん」


「はい」


 セレスは静かに笑う。


「私みたいな聖女を育てたいわけじゃないんです」


 リシュリーが顔を上げた。


「え?」


「あなたにはあなたのやり方があります」


 セレスは続ける。


「私と同じになる必要はありません」


 リシュリーは何も言わない。


 ただ真剣に聞いている。


「それに」


 セレスは少し考えてから言った。


「私より優秀かもしれませんよ」


「そんなことありません!」


 珍しく強い口調だった。


 思わずセレスは笑ってしまう。


 リシュリーは慌てて口を押さえた。


「す、すみません」


「謝らなくていいです」


 セレスは肩をすくめる。


「でも本気ですよ」


 リシュリーは言葉を失う。


 セレスは窓の外を見る。


 昨日。


 神官長が言っていた。


 候補選定を始めたと。


 つまり。


 神官長はリシュリーを見ている。


 能力を認めている。


 それだけは間違いない。


 そして。


 セレスも同じだった。


「大丈夫です」


 セレスは言った。


「あなたはちゃんと前に進んでいます」


 リシュリーは何も言わなかった。


 だが。


 その瞳は少しだけ潤んで見えた。


 本人は気付いていないようだったけれど。


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