残された時間
部屋には静かな空気が流れていた。
セレスは帳簿を閉じる。
これ以上読んでも、今は頭に入らない気がした。
自分の記録。
歴代聖女と重なる症状。
そして三か月前から始まっていた変化。
考えることが多すぎる。
「一つ聞いてもいいですか」
セレスが言った。
「どうぞ」
神官長が頷く。
「私はあとどれくらいなんですか」
遠回しな言い方はしなかった。
聞きたいことはそれだった。
神官長はすぐには答えない。
セレスも急かさなかった。
しばらく沈黙が続く。
「分かりません」
やがて神官長が言った。
「個人差があります」
予想通りの答えだった。
だが嘘ではないことも分かる。
神官長は誤魔化していない。
「歴代聖女の中には十年以上活動された方もいます」
「短い人は?」
「数年です」
セレスは息を吐いた。
数年。
思ったより短い。
だが。
まだ今すぐではない。
そう考える自分もいた。
「じゃあ」
セレスは少し考える。
「まだ分からないんですね」
「はい」
神官長は頷く。
「ただ一つ言えることがあります」
セレスは顔を上げた。
「聖女様は歴代聖女の中でも非常に優秀です」
予想外の言葉だった。
「それ慰めですか」
思わず聞いてしまう。
神官長は首を振った。
「事実です」
即答だった。
ユリアが少しだけ視線を逸らす。
たぶん同意している。
「接続適性も高い」
「負荷耐性も高い」
「国心環との同期率も高い」
聞き慣れない言葉ばかりだった。
「だからこそ今まで気付かなかったとも言えます」
セレスは黙る。
褒められているのか。
複雑な話なのか。
よく分からない。
「普通ならもっと早く症状が出ていた可能性があります」
神官長は静かに続けた。
「聖女様は耐えてしまった」
その言葉だけが妙に胸に残った。
耐えてしまった。
それは長所なのか。
短所なのか。
セレスには分からない。
「だから」
神官長が言う。
「今後は定期的に記録を確認します」
「私もですか」
「もちろんです」
即答だった。
断る余地はなさそうだった。
セレスは少しだけ苦笑する。
「分かりました」
その返事に神官長も僅かに表情を緩めた。
話は終わったらしい。
席を立つ。
ユリアも一緒に立ち上がった。
扉へ向かう。
その途中で。
「聖女様」
神官長が呼んだ。
セレスは振り返る。
「はい」
「ご自身のことも大切になさってください」
静かな声だった。
説教ではない。
命令でもない。
ただの願いだった。
セレスは少しだけ目を見開く。
神官長らしくない言葉だと思った。
そして。
少しだけ嬉しかった。
「努力します」
そう答える。
本当に努力するかは分からない。
自分のことになると昔から苦手だった。
だが神官長はそれ以上言わなかった。
扉を開く。
廊下へ出る。
神官長室の扉が静かに閉まった。
しばらく二人とも無言だった。
歩く音だけが響く。
やがて。
「ユリア」
セレスが呼ぶ。
「なんだ」
「怖くないって言ったら嘘になる」
正直な言葉だった。
ユリアは何も言わない。
ただ隣を歩く。
「でも」
セレスは少し笑った。
「まだ終わりじゃない」
それだけは確かだった。
記録はあった。
可能性もあった。
だが未来は決まっていない。
少なくとも今は。
そう信じたかった。
窓から差し込む夕日が長い影を作る。
セレスは前を向いて歩き続けた。




