接続記録
神官長は書棚の奥から一冊の帳簿を取り出した。
他の資料と変わらない見た目だった。
だが扱いは慎重だった。
机の上へ静かに置く。
「聖女様個人の接続記録です」
セレスは表紙を見る。
そこには自分の名前が記されていた。
少しだけ緊張する。
自分の記録を読む機会など滅多にない。
普段は神殿側が管理している。
表紙を開く。
最初のページには接続開始日が記されていた。
十五歳。
聖女就任の日。
知っている内容だった。
次のページ。
その次。
記録は定期的に続いている。
接続状態良好。
異常なし。
問題なし。
しばらくはそんな内容ばかりだった。
「普通ですね」
セレスが言う。
「最初は」
神官長が答えた。
その言い方に少し引っ掛かる。
ページを進める。
二年目。
三年目。
大きな変化はない。
だが、ある時期から記述が増え始める。
『白糸増加を確認』
『接続時間延長』
『負荷変動あり』
セレスの指が止まった。
白糸。
その単語が正式な記録に書かれている。
「これ」
神官長を見る。
「はい」
「白い糸のことですよね」
「その通りです」
セレスは記録へ視線を戻す。
さらに読み進める。
『西部地域の干ばつに伴う増加』
『南部疫病流行に伴う増加』
『国境紛争終結により減少』
胸がざわつく。
今まで感覚的にしか分かっていなかったことが、記録として残されている。
白い糸は負荷。
国の傷。
人々の苦しみ。
神官長の説明が繋がっていく。
「全部……」
セレスが呟く。
「繋がってたんだ」
神官長は何も言わない。
セレス自身が理解するのを待っているようだった。
さらにページをめくる。
そして、ある箇所で動きが止まった。
『白糸増加傾向』
『本人自覚なし』
次。
『負荷蓄積を確認』
『経過観察』
次。
『接続継続』
見覚えがあった。
歴代聖女の記録だ。
何度も読んだ。
何度も見た。
同じ流れだった。
無意識に喉が渇く。
ページをめくる指先に力が入る。
次の記録。
『白糸増加継続』
『本人希望により経過観察』
セレスは息を止めた。
本人希望。
その言葉も見覚えがある。
歴代聖女の記録に何度も出てきた。
そして。
次のページ。
『短時間の意識混濁を確認』
部屋が静まり返った。
セレスはその一文を見つめる。
何度も。
何度も。
読み返す。
祈祷中。
街からの帰り道。
記録室。
自分に起きた症状。
全部そこに書かれていた。
「……いつの記録ですか」
声が少し掠れた。
「三か月前です」
神官長が答える。
セレスは目を見開いた。
三か月前。
症状を自覚するより前だった。
「気付いていたんですか」
「可能性は考えていました」
神官長は静かに答えた。
責める気持ちはなかった。
だが少し複雑だった。
自分より先に神官長は気付いていた。
その時だった。
セレスの頭に一つの疑問が浮かぶ。
「神官長」
「はい」
「リシュリーはいつから候補だったんですか」
神官長は少し黙った。
その沈黙だけで、セレスには何となく分かった。
「正式には三か月前です」
やはりそうだった。
セレスは帳簿へ視線を落とす。
三か月前。
短時間の意識混濁を確認。
三か月前。
聖女候補の選定開始。
偶然ではない。
「最初の診察の頃ですね」
神官長は否定しなかった。
「記録が一致していましたので」
静かな声だった。
「ですから、万が一に備えました」
セレスは黙る。
神官長は諦めていたわけではない。
見捨てていたわけでもない。
ただ。
神官長としてやるべきことをやっていただけだ。
「聖女様」
神官長が言う。
「歴代聖女の皆様もそうでした」
セレスは顔を上げる。
「異変が見つかったからといって、すぐに何かが起きるわけではありません」
「……はい」
「ですが、備えは必要です」
その言葉の重さを、今のセレスは理解できた。
ページを閉じることができない。
視線が離れない。
そこに書かれているのは遠い昔の聖女の話ではなかった。
自分の記録だった。
そして。
歴代聖女と同じ流れを辿り始めていることを示す記録だった。




