知っていた人
神官長室の扉を叩く。
「どうぞ」
聞き慣れた声だった。
セレスは扉を開ける。
ユリアも一緒だった。
神官長は机から顔を上げる。
そしてセレスの表情を見るなり、僅かに眉をひそめた。
「何かありましたか」
問い掛ける声は落ち着いていた。
だが、既に何か察しているようにも見えた。
セレスは席へ座る。
遠回しに聞く気にはなれなかった。
「歴代聖女の記録を読みました」
神官長は頷く。
「はい」
「死因の記録も」
「はい」
静かな返事だった。
「国心環が原因なんですよね」
部屋が静かになる。
神官長はすぐには答えなかった。
否定もしない。
誤魔化しもしない。
それだけで十分だった。
セレスには分かる。
答えは「はい」なのだと。
「どうして教えてくれなかったんですか」
責める口調ではなかった。
純粋な疑問だった。
神官長は少し考える。
そして答えた。
「いつかはお話しするつもりでした」
「いつか?」
「聖女様ご自身が知ろうとされた時です」
セレスは思わず苦笑した。
「ずいぶん待つつもりだったんですね」
「そうかもしれません」
神官長も否定しない。
「候補生の頃に聞かされても受け入れられない方が多いのです」
静かな声だった。
「恐れる方もいます」
「辞退する方も?」
「過去には」
神官長は頷いた。
セレスは黙る。
それは少し意外だった。
聖女になりたい人ばかりではない。
頭では分かっている。
だが実際に聞くと重かった。
「だから隠していたんですか」
「隠していたわけではありません」
神官長が言う。
「必要な時に伝える。それが神殿の方針です」
以前も聞いた言葉だった。
「私は今なんですか」
セレスが聞く。
神官長はセレスを見る。
真っ直ぐに。
逸らさずに。
「何かありましたね」
質問に質問で返された。
セレスは少しだけ笑った。
誤魔化せないらしい。
「また症状が出ました」
正直に答える。
「今日で三回目です」
神官長の表情が僅かに変わる。
本当に僅かに。
だがセレスは見逃さなかった。
「どのような症状ですか」
今度は医師のような口調だった。
セレスは説明する。
祈祷中。
街からの帰り道。
そして今日。
意識が途切れる感覚。
視界が白くなること。
数秒だけ何も分からなくなること。
話し終える。
神官長はしばらく黙っていた。
「聖女様」
やがて口を開く。
「国心環との接続はいつからですか」
セレスは少し考えた。
正確な年月を思い出す。
「十五歳の春です」
聖女就任とほぼ同時だった。
神官長は頷く。
何かを確認するように。
「神官長」
セレスが呼ぶ。
「私にも起きているんですか」
遠回しな言い方はやめた。
もう意味がない。
神官長は答えない。
しばらく沈黙が続く。
ユリアも口を挟まなかった。
そして。
「可能性はあります」
そう言った。
否定ではなかった。
セレスはゆっくり息を吐く。
不思議と取り乱しはしなかった。
覚悟していたからかもしれない。
記録を読んでいたからかもしれない。
ただ、一つだけ分からないことがあった。
「国心環って」
小さく呟く。
「何なんですか」
触れている。
祈っている。
浄化している。
なのに本当のことを何も知らない気がした。
神官長は静かに目を閉じた。
そして、ようやく話す決意をしたように見えた。
「長い話になります」
そう前置きする。
セレスは頷いた。
ユリアも黙って聞いている。
ここから先は。
きっと歴代聖女だけが知っていた話なのだろう。
セレスはそう思った。




