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記録室



 数日後。


 セレスは神殿の記録室を訪れていた。


 高い本棚が並ぶ広い部屋。


 神殿の歴史が保管されている場所だった。


 巡礼記録。


 神官の報告書。


 各地の神殿史。


 何百年分もの記録が残されている。


 


 もちろん仕事で来たわけではない。


 少し気になることがあった。


 祈祷中の違和感。


 記憶が途切れたような感覚。


 診察では異常なし。


 それでも心のどこかに引っ掛かっていた。


 


「何か探しているんですか?」


 記録管理を担当する老神官が声を掛けてくる。


「少し調べ物を」


 セレスは微笑んだ。


「国心環に関する過去の記録を見せていただけますか」


 老神官が僅かに目を見開く。


「珍しいですね」


「そうですか?」


「聖女様ご自身が調べに来られることはあまりありませんので」


 ◇


 しばらくして。


 数冊の帳簿が運ばれてきた。


 どれも古い。


 百年以上前の記録も混ざっている。


「ありがとうございます」


 セレスは席に着いた。


 ページをめくる。


 最初は何もなかった。


 国心環の状態。


 接続記録。


 定期報告。


 いつもの内容ばかり。


 だが。


 一冊の帳簿で手が止まる。



『接続時、一時的な意識混濁を確認』


 短い文章だった。


 セレスは読み返す。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 見間違いではない。



「……」


 次のページをめくる。


『経過観察』


『接続継続』


『原因不明』


 記録は淡々と続いていた。


 まるで症状そのものは珍しくないかのように。




「どうした」


 向かいから声がした。


 いつの間にかユリアが来ていた。


「いたの?」


「さっきからいた」


 全く気付かなかった。


 それだけ集中していたらしい。


 セレスは帳簿を向ける。


「これ」


 ユリアが目を通す。


 そして眉をひそめた。


「お前と同じか」


「少し似てる」


 祈祷中の違和感。


 数秒だけ途切れた意識。


 完全に同じとは言えない。


 だが近い。


 セレスはさらに先を読む。


 原因不明。


 経過観察。


 接続継続。


 同じような文章が続く。


 そして。


 あるページで記録が終わった。


「……あれ?」


 セレスは首を傾げる。


 ページをめくる。


 次。


 さらに次。


 だが続きがない。


「終わりか?」


 ユリアが聞く。


「違うと思う」


 セレスは帳簿の背表紙を確認した。


 記録番号が振られている。


 普通なら続巻があるはずだった。


 棚を探す。


 分類番号を確認する。


 だが。


 続きが見当たらない。


「おかしいな」


 思わず呟く。



 その時。


 老神官が近付いてきた。


「何かございましたか?」


「この記録なんですが」


 セレスは帳簿を見せる。


「途中が見当たらなくて」


 老神官は表紙を見る。


 そして少しだけ困った顔をした。


「そちらの続きは別保管になります」


「別保管?」


「はい」


 老神官が頷く。


「閲覧権限が必要な資料です」


 セレスは目を瞬いた。


「閲覧権限?」


「聖女様なら問題ありません」


 老神官は穏やかに答える。


「ですが通常の棚には置かれておりません」


 セレスは少し驚いた。


 神殿の資料に権限があることは知っている。


 だが。


 聖女である自分が読んだことのない資料が存在するとは思わなかった。


「どんな記録なんですか?」


 老神官は少し考えた。


 そして答える。


「歴代聖女に関する詳細記録です」


 その言葉に。


 セレスの胸が僅かにざわついた。


 歴代聖女。


 それは自分と同じ役目を背負った人たち。


 知っているつもりだった。


 けれど。


 本当はまだ知らないことがあるのかもしれない。


「明日でも閲覧できますよ」


 老神官が言う。


 セレスは帳簿を閉じた。


「お願いします」


 静かに答える。


 ユリアはその横顔を見ていた。


 好奇心だけではない。


 少しだけ不安そうな顔をしていたから。


 記録室の窓から差し込む夕日が、古い帳簿を赤く照らしていた。


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