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国心環(こくしんかん)


 数日後。


 セレスは王城を訪れていた。


 年に数回行われる定例会議の日だった。


 国王。


 神殿。


 貴族たち。


 それぞれの代表が集まる。


 聖女も参加する重要な会議である。


 


「お久しぶりです、聖女様」


「こちらこそ」


 貴族たちが挨拶をしてくる。


 セレスも丁寧に応じた。


 笑顔。


 礼儀。


 振る舞い。


 どれも完璧だった。


 


 会議が始まる。


 農作物の収穫。


 地方神殿の状況。


 街道整備。


 様々な議題が話し合われた。


 セレスも必要な時だけ意見を述べる。


 無闇に口は挟まない。


 けれど求められれば答える。


 その姿勢は多くの者から信頼されていた。


 


 会議も終盤。


 一人の老貴族が口を開いた。


「そういえば」


 何気ない調子だった。


「今年の国心環はいかがですかな」


 部屋の空気が少し変わる。


 政治の話とは違う。


 神殿の領域だった。



 セレスが答える。


「安定しています」


 事実だった。


 少なくとも今は。


 国心環。


 国を支える巨大な循環機構。


 その維持は代々聖女の役目だった。


 一般には詳しく知られていない。


 知る必要もない。


 だから詳しい説明はしない。


「それは結構」


 老貴族は満足そうに頷いた。


 会議はそのまま次の議題へ移る。


 だが。


 セレスの意識は少しだけ別の場所に向いていた。


 国心環。


 接続する。


 祈る。


 浄化する。


 当たり前になりすぎている存在。


 自分の一部のようなものだった。


 


 会議終了後。


 王城の廊下を歩く。


 隣にはユリアがいる。


「珍しいな」


 ユリアが言った。


「何が?」


「国心環の話」


 確かに珍しかった。


 政治の場で話題になることは少ない。


「そうだね」


 セレスは頷く。


「でも安定してるから」


「それならいい」


 ユリアも深くは聞かない。


 専門的なことは分からないからだ。


 ◇


 王城を出る。


 帰りの馬車。


 セレスは窓の外を眺めていた。


「どうした」


「んー」


 少し考える。


「昔ね」


 珍しく自分から話し始めた。


「聖女になったばかりの頃」


「うん」


「国心環が怖かった」


 ユリアは黙って聞く。


 そんな話は初めてだった。


 

「大きすぎるんだよ」


 セレスは苦笑する。


「国全部を支えてるって言われても実感ないし」


 聖女になったばかりの頃。


 何度も失敗した。


 何度も不安になった。


 自分にできるのかと。


 本当に。


 何度も。


「今は?」


 ユリアが聞く。


 セレスは少し笑った。


「慣れた」


 短い答え。


 けれど本当だった。


 国心環は生活の一部になっている。


 呼吸をするように。


 自然に。


 ◇


 その日の夜。


 神殿へ戻る。


 仕事を終えた後。


 セレスは一人で祈りの間を訪れていた。


 静かな場所だった。


 祭壇の奥。


 誰もいない。


 聖女だけが入れる場所。


 


 セレスは目を閉じる。


 意識を集中する。


 国心環へ触れる。


 いつものことだった。


 確認作業。


 異常がないか。


 乱れがないか。


 確かめる。


 


「……」


 今日も問題ない。


 流れは安定している。


 いつも通りだ。


 それなのに。


 ほんの一瞬だけ。


 胸の奥に違和感が走った。


 小さな棘のような感覚。


「?」


 目を開く。


 だが何もない。


 国心環も正常。


 自分の体も普通。


 異常は見つからない。


 


「疲れてるのかな」


 小さく呟く。


 最近少し気にしすぎかもしれない。


 祈祷の件。


 診察の件。


 ユリアの心配。


 全部が頭の片隅に残っている。


 だから敏感になっているだけ。


 そう結論づけた。


 

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