手を繋ぐ理由
セレスは昔から手が冷たい。
季節に関係なく。
春でも。
夏でも。
誰かと手を触れ合わせると必ず言われる。
「聖女様、冷たいですね」
するとセレスは微笑む。
「そうでしょうか」
大抵はそれで終わる。
誰も気にしない。
聖女様はそういうものなのだろう、と。
けれどユリアだけは違った。
「冷えてる」
部屋へ戻るなり手を掴まれる。
「平気だよ」
「平気じゃない」
「またそれ」
「まただ」
いつものやり取りだった。
窓際の長椅子に座るセレスの隣へユリアが腰を下ろす。
そして当然のように手を握った。
「ユリア」
「ん」
「離して」
「嫌だ」
「即答」
「冷たい」
「だから?」
「温める」
セレスは吹き出した。
「理屈になってない」
「オレの中ではなってる」
「それが一番困る」
言いながらも、手は引っ込めない。
ユリアの手は温かかった。
剣を握り続けてきた手。
少し硬くて。
少し荒れていて。
でも安心する温度だった。
「ねえ」
「なんだ」
「私、子供じゃないよ?」
「知ってる」
「じゃあ過保護じゃない?」
「そうだな」
「認めた」
「ああ」
ユリアはあっさり頷いた。
セレスは肩を震わせる。
こういうところがずるい。
本人に反省する気がまったくない。
「朝はちゃんと食べたか」
「食べた」
「昼は」
「食べた」
「夜は」
「まだ」
「食べろ」
「今まだ昼過ぎ」
「じゃあ夕方になったら食べろ」
「お母さん?」
「恋人だ」
即答だった。
セレスは耐えきれず笑い出す。
「あははっ」
「何がおかしい」
「真顔で言うから」
「事実だろ」
「そうだけど」
ユリアは本気でそう思っている。
だから面白い。
セレスはしばらく笑っていたが、やがてふっと息を吐いた。
「でも」
「ん?」
「嬉しい」
ユリアが少しだけ目を細める。
「そうか」
「うん」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
しばらく二人で窓の外を眺める。
神殿の中庭。
噴水。
風に揺れる木々。
穏やかな午後だった。
「そういえば」
セレスが思い出したように言う。
「神官長がね」
「ん」
「最近、私に休めって言うの」
「正しいな」
「ユリアまで」
「正しい」
「二人とも酷い」
「普通だ」
セレスは頬を膨らませた。
「私は元気なのに」
「寝不足だ」
「昨日は寝た」
「一昨日は」
「……」
「その前は」
「……」
「ほらな」
反論できない。
セレスは視線を逸らした。
するとユリアが小さくため息を吐く。
「ちゃんと寝ろ」
「努力する」
「努力じゃない」
「うぅ」
「寝ろ」
「はい」
叱られた子供みたいな返事になる。
ユリアは満足そうに頷いた。
セレスは少し悔しい。
「なんで私が怒られてるんだろう」
「怒ってない」
「怒ってる」
「心配してる」
「同じじゃない?」
「違う」
真剣な顔で言われた。
セレスは少しだけ目を見開く。
それから小さく笑った。
「ユリアってさ」
「なんだ」
「私のこと好きだよね」
言った瞬間だった。
ユリアが黙る。
数秒。
沈黙。
「……今さら何だ」
「いや、確認」
「必要か?」
「たまに聞きたくなる」
ユリアは呆れたように息を吐いた。
けれど繋いだ手は離さない。
「好きだ」
短い言葉。
飾り気もない。
でも嘘もない。
セレスは嬉しくなった。
「もう一回」
「嫌だ」
「なんで」
「言った」
「一回だけ」
「嫌だ」
「ケチ」
「そうかもな」
少しだけ笑う声。
珍しい。
セレスは目を丸くした。
「今笑った」
「笑ったな」
「認めた」
「お前がしつこいから」
「やった」
セレスは勝ったみたいな顔をする。
ユリアはそんな恋人を見ながら肩をすくめた。
聖女。
人々の希望。
気高くて優しい存在。
皆がそう言う。
でもユリアにとっては違う。
拗ねるし。
甘えるし。
焼き菓子で機嫌が良くなるし。
褒めると照れる。
ただの恋人だった。
「ユリア」
「ん」
セレスが少しだけ身を寄せる。
「手」
「ん?」
「もうちょっと」
言いながら指を絡めてくる。
恋人繋ぎだった。
ユリアは一瞬だけ固まる。
「……」
「嫌だった?」
セレスが不安そうに聞く。
「いや」
「なら良かった」
ほっとしたように笑う。
ユリアは繋がれた手を見た。
細い指。
温度の低い手。
でも確かにそこにある。
「セレス」
「なに?」
「離すなよ」
セレスはきょとんとした。
それから。
ふわりと笑う。
「うん」
そして少しだけ指に力を込めた。
「離さない」
二人はそのまま窓の外を眺めていた。
春の風が吹く。
中庭の木々が揺れる。
誰もいない静かな午後。
恋人同士の、何でもない時間だった。
「ねえ、ユリア」
「なんだ」
「もう少しだけ、このままね」
「ああ」
ユリアは答えた。
繋いだ手をそのままに。
セレスは満足そうに目を細めた。




