もう一度
翌朝。
セレスはいつも通り起きた。
身支度を整える。
朝食を取る。
体調も悪くない。
熱もない。
頭も痛くない。
「ほら」
セレスが言う。
「元気」
向かいに座るユリアは無言だった。
「元気だよ」
「そうだな」
返事が適当だった。
全く信用していない。
午前中。
セレスは面会をこなした。
書類も片付けた。
祈りも問題ない。
昨日のようなことは起きない。
本当に普通だった。
だから。
昼過ぎにはセレスも安心し始めていた。
やっぱり疲れていただけ。
そう思い始めていた。
◇
「聖女様」
廊下を歩いていると声を掛けられる。
リシュリーだった。
「あら、こんにちは」
「こんにちは!」
今日も元気だ。
相変わらず真っ直ぐな目をしている。
「勉強は順調ですか?」
「はい!」
良い返事だった。
そして。
少し迷ったように口を開く。
「あの」
「はい」
「昨日」
そこで言葉が止まる。
セレスは首を傾げた。
「あたしの気のせいかもしれないんですけど」
リシュリーは少し不安そうだった。
「聖女様、体調悪かったですか?」
セレスは一瞬だけ目を瞬く。
昨日の祈りのことだろう。
「どうしてそう思ったんですか?」
「えっと……」
リシュリーは困ったように言う。
「なんとなくです」
本当に何となくらしい。
「一瞬だけですけど」
憧れの人だから見ていたのだろう。
セレスは微笑んだ。
「大丈夫ですよ」
いつもの笑顔で。
「少し疲れていただけです」
リシュリーは安心したような。
でも完全には納得していないような。
そんな顔をした。
「無理しないでくださいね」
真剣な声だった。
セレスは思わず笑う。
「ありがとうございます」
十五歳の少女に心配されるとは思わなかった。
◇
その日の夕方。
セレスは神官長室に呼ばれた。
「聖女様」
神官長が言う。
「昨日の祈祷についてです」
セレスの笑顔が固まる。
嫌な予感しかしなかった。
「神官長」
「はい」
「誰から聞きました?」
神官長は少し考える。
「複数ですね」
終わった。
セレスは察した。
神官。
見習い。
そしておそらく。
ユリア。
「体調に問題はありません」
先に言った。
だが。
神官長は頷かない。
「前回もそうおっしゃっていましたね」
痛いところを突かれる。
祭りの後も同じことを言った。
「実際に問題ありませんでした」
「そうですね」
神官長は認めた。
「だから今回も問題ないかもしれません」
セレスは少しだけ希望を見出す。
しかし。
「念のため診察を受けてください」
駄目だった。
全く駄目だった。
「神官長」
「受けてください」
「昨日は数秒だけです」
「受けてください」
「今日は元気です」
「受けてください」
会話が成立しない。
セレスは額を押さえた。
どこかで見た光景だった。
部屋を出る。
廊下にはユリアがいた。
壁にもたれて待っている。
セレスはじっと見つめた。
「なんだ」
ユリアが言う。
「言った?」
「言った」
即答だった。
全く悪びれない。
「裏切り者」
「違う」
「違わない」
セレスはため息を吐く。
だが。
本気で怒っているわけではなかった。
「明日診察だって」
セレスが言う。
「そうか」
「異常なしだったら笑うから」
「好きにしろ」
ユリアは肩をすくめる。
だがその表情は少しだけ安心していた。
診察を受ける。
それだけで。
少なくとも何もしないよりはいい。
そう思っているのだろう。
セレスは窓の外を見る。
夕暮れだった。
昨日のことが少し大袈裟になっている気もする。
でも。
もし本当に何かあったら。
そう考える自分もいた。
「まあいいか」
小さく呟く。
明日診てもらって。
何もなければ終わり。
セレスはゆっくり息を吐いた。




