雨の日
巡礼五日目。
朝から雨だった。
窓を叩く雨音でセレスは目を覚ます。
「雨かぁ」
小さく呟く。
巡礼中の雨は珍しくない。
だが移動が大変になる。
道も悪くなるし、予定もずれやすい。
◇
朝食の席。
神官たちの表情も少し曇っていた。
「街道の状態が心配ですね」
「昼には弱まるそうですが」
「予定通り進めるかは現地判断になります」
皆が地図を囲んで話している。
セレスも耳を傾けた。
巡礼は一人ではできない。
多くの人に支えられて成り立っている。
改めてそう感じる。
結局。
一行は出発した。
雨は小降りになっている。
馬車の窓から見える景色は灰色だった。
「眠そうだな」
向かいに座るユリアが言う。
「そんなことない」
セレスは否定する。
「欠伸」
「してない」
「した」
「一回だけ」
言い訳になっていなかった。
ユリアは呆れた顔になる。
セレスは視線を逸らした。
昨夜は少し寝るのが遅かった。
村で会ったお婆さんの話を思い出していたからだ。
◇
昼頃。
一行は予定していた町へ到着した。
雨のせいか人通りは少ない。
それでも神殿には人が集まっていた。
「聖女様」
「ようこそお越しくださいました」
歓迎を受ける。
セレスは笑顔で応えた。
その日の午後は相談会だった。
順番に人々の話を聞く。
家族のこと。
仕事のこと。
病気のこと。
将来への不安。
内容は様々だった。
セレスは一人ひとりの話を聞く。
急かさず。
否定せず。
最後まで。
「ありがとうございました」
若い母親が頭を下げる。
腕の中には小さな子供。
「話を聞いていただけて嬉しかったです」
「お力になれたなら良かったです」
セレスは微笑んだ。
それだけで相手の表情が少し柔らかくなる。
その光景をユリアは何度も見てきた。
何年も。
全て終わった頃には夕方だった。
思った以上に人数が多かった。
「今日は多かったな」
宿へ向かう途中でユリアが言う。
「そうだね」
セレスも頷く。
「雨だったから少ないと思ったんだけど」
予想は外れた。
むしろ多かったくらいだ。
「疲れたか」
「少し」
珍しく素直だった。
ユリアが少しだけ眉を上げる。
「少しだけ」
セレスは言い直した。
だが説得力はなかった。
◇
宿へ戻る。
部屋に入る。
椅子へ座る。
そして。
「ふぅ……」
小さく息を吐いた。
その様子を見ていたユリアが言う。
「寝ろ」
「まだ夕方だよ」
「寝ろ」
「本読む」
「寝ろ」
「少しだけ」
「寝ろ」
押し問答になる。
数分後。
負けたのはセレスだった。
寝台へ横になる。
「子供扱い」
不満そうに呟く。
「してない」
「してる」
「してない」
いつもの会話だった。
だが。
横になった瞬間。
思った以上に体が重いことに気付く。
「……」
目を閉じる。
少しだけのつもりだった。
本当に少しだけ。
◇
気付くと一時間以上経っていた。
窓の外は暗くなり始めている。
「あれ」
起き上がる。
頭はすっきりしていた。
疲れも少し抜けている。
「だから言った」
椅子に座っていたユリアが言う。
「寝たら治った」
セレスは認める。
「だろ」
少し得意そうだった。
その顔が悔しい。
「でも一時間だけだから」
「十分だ」
ユリアは譲らなかった。
◇
その夜。
夕食を終えた後。
セレスは窓際に立っていた。
雨はもう止んでいる。
雲の切れ間から月が見えた。
「綺麗」
ぽつりと呟く。
巡礼はまだ半分も終わっていない。
会う人も。
訪れる場所も。
まだたくさんある。
疲れることもある。
大変なこともある。
それでも。
セレスはこの仕事が好きだった。
「明日も頑張ろう」
小さく言う。
その背中を見ながら。
ユリアは何も言わなかった。
ただ静かに見守っていた。




