祈り
巡礼七日目。
一行は東部の大きな町へ到着した。
これまで訪れた村とは違う。
人も多い。
神殿も大きい。
巡礼の中でも重要な訪問先だった。
「聖女様」
出迎えの神官たちが頭を下げる。
セレスも微笑み返した。
「お世話になります」
◇
この日の予定は祈祷式だった。
町の神殿で行われる大規模な儀式。
多くの人が集まる。
セレスは控室で法衣を整えていた。
「緊張する?」
ユリアが聞く。
「少しだけ」
珍しい答えだった。
「今さらか」
「今さらだよ」
セレスは苦笑する。
「でも人が多いとやっぱりね」
何年やっても慣れないものはある。
◇
やがて開始の時間になる。
神殿の扉が開かれた。
中には大勢の人々。
町の住民。
神官たち。
遠方から訪れた巡礼者。
静寂が広がる。
セレスはゆっくり祭壇へ向かった。
背筋を伸ばし。
一歩ずつ。
堂々と。
その姿は誰が見ても聖女だった。
祈りが始まる。
セレスは目を閉じた。
静かに言葉を紡ぐ。
神へ捧げる祈り。
人々の幸せを願う祈り。
何度も繰り返してきたものだ。
けれど。
手を抜いたことは一度もない。
今日も同じだった。
◇
儀式は無事に終わった。
人々から安堵の息が漏れる。
神官たちも表情を和らげた。
「ありがとうございました」
「今年もお会いできて光栄です」
次々と声が掛けられる。
セレスは一人ずつ応じた。
疲れた様子など一切見せずに。
◇
夕方。
ようやく人が途切れる。
控室へ戻ったセレスは椅子へ腰掛けた。
「終わった……」
ぽつりと呟く。
誰もいないから言える言葉だった。
「お疲れ」
ユリアが水を差し出す。
「ありがとう」
一口飲む。
冷たくて気持ち良かった。
「ねえ」
セレスが言う。
「なんだ」
「祈りって不思議だよね」
ユリアは首を傾げる。
「何がだ」
「ちゃんと届いてるのかなって思う時がある」
窓の外を見る。
夕焼けが綺麗だった。
「神様に?」
「うん」
少しだけ笑う。
「でもね」
「うん」
「祈ってる時、みんな安心した顔するんだよ」
それが嬉しい。
本当に。
「だから続けられる」
静かな声だった。
ユリアはしばらく黙る。
そして。
「お前らしいな」
そう言った。
◇
夜。
宿へ戻る途中だった。
町の広場を横切る。
人通りはまだ多い。
祭りほどではないが賑やかだ。
「あ」
セレスが足を止めた。
「なんだ」
「あれ」
指差した先。
路上で演奏する楽師がいた。
小さな竪琴。
静かな音色。
人々が足を止めて聞いている。
「聞いていくか?」
ユリアが聞く。
「少しだけ」
セレスは頷いた。
二人は広場の端に立つ。
演奏を聞く。
言葉はない。
ただ音だけが流れる。
不思議と心が落ち着いた。
巡礼が始まってから慌ただしい日が続いていた。
だからかもしれない。
「綺麗だね」
演奏が終わった後、セレスが言う。
「ああ」
ユリアも頷いた。
◇
宿へ戻る道。
夜風が吹いていた。
「巡礼も半分だね」
セレスが言う。
「そうだな」
「早い」
「毎年言ってる」
セレスは笑った。
確かに毎年言っている。
楽しい時間ほど早く過ぎる。
そういうものだ。
「帰ったら休みだ」
ユリアが言う。
「街行く」
「「焼き菓子」」
即答だった。
二人は笑う。
そして並んで歩く。
巡礼はまだ続く。
けれど。
今夜だけは少し穏やかな気持ちで眠れそうだった。




