北の村
巡礼三日目。
一行は北部の小さな村へ到着した。
山に囲まれた静かな村だった。
人口も多くない。
けれど村人たちは総出で出迎えてくれた。
「聖女様だ!」
「本当に来てくださった!」
子供たちが目を輝かせている。
老人たちは何度も頭を下げていた。
セレスは馬車から降りる。
そして微笑んだ。
「お招きいただきありがとうございます」
聖女としての笑顔だった。
穏やかで。
優しくて。
誰もが安心する笑顔。
◇
歓迎会の後。
セレスは村長と話していた。
「今年は雪が少なくて助かりました」
「それは良かったです」
「ですが若い者が街へ出てしまいまして」
村長は苦笑する。
人口減少はどこも同じらしい。
セレスは真剣に話を聞いた。
ただ祈るだけではない。
人の話を聞くことも聖女の仕事だ。
◇
夕方。
村の神殿で祈りを捧げる。
静かな空間だった。
セレスは祭壇の前へ立つ。
目を閉じる。
祈りを捧げる。
神官たちも跪く。
村人たちも頭を垂れる。
誰も声を出さない。
ただ静かに時間が流れていく。
儀式が終わった頃には空が赤く染まっていた。
宿へ戻る。
「お疲れ様です」
神官が頭を下げる。
「皆さんもお疲れ様でした」
セレスは微笑む。
最後まで聖女だった。
◇
部屋へ戻る。
扉が閉まる。
そして。
「疲れたぁ……」
椅子へ沈み込んだ。
聖女終了だった。
「知ってる」
ユリアが言う。
護衛として同じ部屋ではない。
だが巡礼中はこうして報告に来る。
「足痛い」
「歩いたからな」
「いっぱい歩いた」
村を見て回った。
子供たちとも話した。
老人の相談も聞いた。
想像以上に動き回っていた。
「でも楽しかった」
セレスが言う。
「そうか」
「うん」
窓の外を見る。
小さな村。
静かな夜。
神殿にいるだけでは見られない景色だった。
「来てよかった」
本心だった。
その時。
扉がノックされた。
「失礼します」
村の神官だった。
若い男性である。
「どうしましたか?」
セレスが尋ねる。
「実は一人、お会いしたいという方が」
少し困った顔をしていた。
「体の弱いお婆さんでして」
村の外れに住んでいるらしい。
今日の歓迎会にも来られなかったという。
「そうですか」
セレスは頷いた。
「今から行きます」
神官が驚く。
「ですがお疲れでしょう」
「大丈夫です」
聖女の笑顔だった。
神官が去る。
部屋が静かになる。
ユリアが口を開いた。
「明日じゃ駄目なのか」
「明日出発だから」
セレスは立ち上がる。
「会える時に会いたい」
そう言って法衣を整えた。
「待ってたんだと思う」
その言葉に。
ユリアは何も言えなくなる。
セレスは昔からそうだった。
目の前に困っている人がいると放っておけない。
◇
村の外れの小さな家。
そこには年老いた女性がいた。
歩くのも大変そうだった。
「聖女様……」
女性の目に涙が浮かぶ。
「お会いできるとは思いませんでした」
震える声だった。
セレスは女性の手を取る。
「お待たせしてしまいました」
優しく微笑む。
しばらく話をした。
若い頃の話。
家族の話。
亡くなった夫の話。
女性は何度も笑い、何度も泣いた。
◇
帰り道。
夜空には星が広がっていた。
「無理するなって言ったよな」
ユリアが言う。
「無理してない」
「してる」
「してない」
いつものやり取りだった。
セレスは少し笑う。
「でもね」
「なんだ」
「あのお婆さん、嬉しそうだった」
満足そうな顔だった。
本当に。
「だから行ってよかった」
ユリアはため息を吐く。
結局。
そう言われると何も言えない。
宿へ戻る。
長い一日だった。
セレスは窓を開ける。
冷たい夜風が入ってくる。
「明日は次の村だね」
「ああ」
「頑張ろう」
そう言って笑う。
その横顔を見ながら。
ユリアは思う。
本当に。
この人は昔から変わらない。
だからこそ。
少しだけ心配になるのだ。
本人が気付かないところで。
頑張りすぎるから。




