巡礼へ
巡礼当日。
まだ空が薄暗い時間だった。
神殿の正門前には馬車が並んでいる。
神官たちが荷物を積み込み、最終確認を行っていた。
「問題ありません」
「こちらも大丈夫です」
慌ただしい声が飛び交う。
毎年のこととはいえ、出発前は忙しい。
セレスも既に準備を終えていた。
巡礼用の白い法衣。
髪も整えられている。
だが。
「眠そうだな」
ユリアが言った。
「眠くない」
「嘘だな」
「嘘じゃない」
少しだけ欠伸を噛み殺した。
ユリアが呆れた顔になる。
「ちゃんと寝たよ」
「何時間だ」
セレスが視線を逸らす。
それだけで答えになっていた。
「お前な」
「楽しみだったんだもん」
小さな声だった。
ユリアはため息を吐く。
まったく反省していない。
◇
出発前。
神官長が姿を見せた。
「聖女様」
「はい」
「お気を付けて」
「ありがとうございます」
セレスは一礼する。
神官長も頭を下げた。
周囲の神官たちも同じだった。
巡礼は神殿にとって重要な務めだ。
だからこそ無事を祈る。
その時だった。
「あっ!」
聞き覚えのある声がした。
振り返る。
リシュリーだった。
朝早いというのに、わざわざ見送りに来たらしい。
「リシュリーさん」
「お、おはようございます!」
少し息が上がっている。
走ってきたのだろう。
「見送りに?」
「はい!」
元気な返事だった。
「聖女様、巡礼頑張ってください!」
真っ直ぐな声。
真っ直ぐな瞳。
セレスは自然と笑顔になる。
「ありがとうございます」
「帰ってきたら、またお話聞かせてください!」
「ええ」
セレスは頷いた。
「約束です」
リシュリーの顔がぱっと明るくなる。
「はい!」
その返事は、今日一番大きかった。
出発の時間になる。
神官たちが馬車へ乗り込んでいく。
セレスも馬車へ向かった。
その途中。
ユリアが当然のように隣を歩く。
「見送り多かったな」
「ありがたいことだね」
セレスは笑う。
聖女になったばかりの頃は考えられなかった。
少しずつ積み重ねてきた年月がある。
それを感じた。
◇
馬車が動き出す。
神殿の門がゆっくり遠ざかっていく。
見送りの人々が小さくなっていく。
リシュリーも手を振っていた。
誰よりも大きく。
セレスも手を振り返す。
姿が見えなくなるまで。
しばらくして。
街道へ出た。
車輪の音だけが規則正しく響く。
「始まったね」
セレスが窓の外を見ながら言う。
「ああ」
「今年はどんな人に会えるかな」
少し楽しそうだった。
巡礼が好きな理由の一つ。
新しい出会いだ。
「まずは北部か」
ユリアが地図を見る。
「二日かかる」
「遠いね」
「毎年言ってるな」
セレスは笑った。
確かに毎年言っている。
◇
昼頃。
最初の休憩地点へ到着した。
馬を休ませるための小さな宿場町だった。
神官たちが慌ただしく動く。
セレスは馬車から降りた。
空を見上げる。
良い天気だった。
「晴れてよかった」
「そうだな」
ユリアも隣へ立つ。
春の風が吹く。
心地良い。
「今年も頑張ろう」
セレスが言う。
誰に向けた言葉でもない。
自分自身への言葉だった。
ユリアはそれを聞いて小さく頷く。
「無理はするなよ」
「またそれ?」
「まただ」
セレスが笑う。
ユリアも少しだけ笑う。
巡礼は始まったばかりだった。
長い二週間が、これから待っている。




