憧れの人
春の終わり頃だった。
その日、セレスは神官長に呼ばれていた。
「聖女様」
「はい」
「見習いたちの講義に顔を出していただけますか」
神殿では定期的に神官や神女の見習いへ教育が行われている。
その中には将来有望な子もいる。
「分かりました」
セレスは微笑んだ。
未来の神殿を支える人たちだ。
会えるのは楽しみだった。
◇
講義室には十数人の見習いが集まっていた。
年齢は様々。
皆、真剣な顔で講義を受けている。
セレスが入室した瞬間。
空気が変わった。
「聖女様だ……」
小さな声が聞こえる。
すぐに全員が立ち上がった。
「楽にしてください」
セレスが微笑む。
緊張していた空気が少しだけ和らいだ。
◇
講義後。
何人かの見習いが質問に来た。
神殿での働き方。
祈りについて。
聖女としての心得。
セレスは一人ずつ丁寧に答える。
その時だった。
少し離れた場所でこちらを見ている少女に気付いた。
近付きたい。
でも近付けない。
そんな顔だった。
「どうかしましたか?」
セレスが声を掛ける。
「ひゃっ!?」
少女が飛び上がった。
周囲の見習いたちまで驚く。
「あ、あの、その……!」
顔が真っ赤だった。
セレスは思わず笑ってしまう。
「落ち着いてください」
「す、すみません!」
「大丈夫ですよ」
ますます慌てている。
ようやく落ち着いた頃。
セレスは尋ねた。
「お名前を聞いても?」
「リシュリーです!」
返事だけは立派だった。
「リシュリーさんですね」
「はい!」
また大きな声だった。
年は十五歳くらいだろうか。
栗色の髪。
少し日に焼けた肌。
平民出身らしい素朴さがある。
「見習いになって長いんですか?」
「一年です!」
緊張しているのか、軍隊のような返事になっていた。
セレスは少し困ったように笑う。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
「で、でも」
リシュリーがごくりと唾を飲む。
「聖女様ですし……」
その言葉にセレスは首を傾げた。
「私も普通の人ですよ?」
「そんなことありません!」
即答だった。
あまりにも早かったのでセレスは目を丸くする。
「あたし」
リシュリーが意を決したように口を開く。
「あたし、聖女様のことずっと尊敬してるんです」
真っ直ぐな瞳だった。
嘘のない。
憧れそのものの瞳。
「そうなんですか?」
「はい!」
力強く頷く。
「あたし、平民だから神殿に入れると思ってなくて」
「うん」
「でも聖女様の話を聞いて」
「はい」
「頑張れば変われるかもしれないって思ったんです」
言葉が次々に溢れる。
ずっと言いたかったのだろう。
「だから勉強も頑張ったし」
「掃除も頑張ったし」
「祈りも頑張ったし」
そこで少し照れたように笑う。
「あたし、聖女様みたいになりたいんです」
静かになった講義室に、その言葉だけが残った。
セレスはしばらく黙る。
それから。
優しく微笑んだ。
「ありがとうございます」
リシュリーの顔が赤くなる。
「でも」
セレスは続ける。
「私みたいになる必要はありませんよ」
「え?」
「リシュリーさんはリシュリーさんですから」
少女が目を瞬く。
「今のまま頑張れば大丈夫です」
リシュリーはしばらく言葉を失っていた。
そして。
「……はい!」
今までで一番大きな返事をした。
◇
その日の夜。
セレスはユリアと話していた。
「今日は面白い子がいたよ」
「見習いか」
「うん」
セレスは笑う。
「リシュリーっていう子」
「どんなやつだ」
「頑張り屋さん」
即答だった。
「すごく真面目でね」
「そうか」
「あと私を尊敬してるんだって」
少し照れながら言う。
ユリアは小さく笑った。
「当然だろ」
「当然かな」
「当然だ」
セレスは少し考える。
それから窓の外を見る。
「頑張らなきゃね」
「今でも十分頑張ってる」
ユリアが言う。
セレスは目を瞬く。
そして少しだけ笑った。
「ありがとう」
その言葉は素直だった。
窓の外では夜風が吹いている。
神殿のどこかでは、きっとリシュリーも勉強しているだろう。
憧れの聖女に少しでも近付くために。
そんな少女の存在を思い出しながら、セレスは静かに微笑んだ。




