忙しい日
聖女の仕事は多い。
祈るだけではない。
相談を受ける。
孤児院を訪問する。
神殿の運営にも関わる。
時には貴族との面会もある。
そして今日は、その全部が重なっていた。
「聖女様、次の予定です」
「ありがとうございます」
侍女から書類を受け取る。
確認する。
ため息が出そうになった。
もちろん出さない。
聖女だから。
「大丈夫ですか?」
侍女が心配そうに聞く。
セレスは微笑む。
「大丈夫ですよ」
いつもの笑顔だった。
完璧な。
誰もが安心する笑顔。
◇
その日の昼。
ユリアは廊下で神官長に呼び止められた。
「最近の聖女様はどうですか」
唐突な質問だった。
「どうとは」
「体調です」
ユリアは少し考える。
「普通です」
嘘ではない。
少なくとも見た目は。
「そうですか」
神官長は頷く。
それ以上は聞かなかった。
だが。
少しだけ難しい顔をしていた。
◇
夕方。
ようやく最後の面会が終わる。
「お疲れ様です」
神官が頭を下げる。
「皆さんもお疲れ様でした」
セレスは笑顔で答える。
誰も気付かない。
その笑顔の裏で。
少しだけ肩が重いことに。
◇
自室へ戻る。
扉が閉まった瞬間。
「疲れた……」
椅子へ座り込む。
背もたれに体重を預ける。
人前では絶対に見せない姿だった。
「知ってる」
向かいから声がする。
ユリアだった。
当然のようにいる。
「いたの?」
「いた」
「気付かなかった」
「だろうな」
セレスは少し笑った。
気が抜けていたらしい。
「今日多かった」
「見てた」
「疲れた」
「知ってる」
会話が短い。
でも心地良い。
説明しなくても分かってくれるから。
「ねえ」
「なんだ」
「褒めて」
ユリアが沈黙する。
セレスは机に突っ伏したまま続けた。
「頑張った」
「そうだな」
「もっと」
「頑張った」
「もっと」
「面倒くさいな」
セレスが笑う。
少し元気が戻った。
「褒めてくれない」
「褒めてる」
「足りない」
「欲張りだな」
その通りだった。
ユリアは立ち上がる。
セレスの隣へ行く。
「ん?」
セレスが顔を上げる。
その頭に手が置かれた。
ぽん、と。
一度だけ。
「よくやった」
短い言葉だった。
それだけ。
それだけなのに。
セレスは目を丸くした。
「……」
「なんだ」
「いや」
少しだけ照れる。
思ったより嬉しかった。
「ありがとう」
小さく笑う。
ユリアは肩をすくめた。
「子供みたいだな」
「違う」
「そうか」
「違うもん」
その返しが子供だった。
ユリアは少し笑う。
セレスも笑った。
しばらく他愛のない話をする。
今日の出来事。
神殿の話。
孤児院の子供たちの話。
そうしているうちに、疲れも少しずつ薄れていく。
「もう平気か?」
ユリアが聞く。
「うん」
セレスは頷いた。
さっきより本当に楽だった。
「単純だな」
「失礼」
「違うか?」
「少しだけ」
認めた。
少しだけ。
「でも」
セレスは笑う。
「ユリアがいると楽になる」
さらりと言う。
ユリアは返事をしない。
代わりに視線を逸らした。
「照れてる」
「照れてない」
「照れてる」
「照れてない」
いつもの言い合いになる。
それが少し嬉しかった。
こうしている時間が好きだった。
何も特別なことはない。
ただ話しているだけ。
それだけなのに。
セレスは思う。
今日も頑張ってよかった、と。
窓の外では夕日が沈み始めていた。
神殿は静かだった。
二人だけの時間もまた、静かに流れていく。




