診察
祭りから三日後。
セレスは神官長室に呼ばれていた。
「聖女様」
神官長が穏やかな声で言う。
「はい」
「医師の診察を受けてください」
セレスは微笑んだまま瞬きをした。
「なぜでしょうか」
「理由はお分かりでしょう」
分かっていた。
祭りの日のことだろう。
少し立ち止まった。
少し休憩した。
それだけだと思うのだが。
「ご心配をおかけして申し訳ありません」
セレスは頭を下げる。
「ですが、体調に問題はありません」
「そうかもしれません」
神官長は頷く。
「だからこそ確認しましょう」
柔らかな口調だった。
だが譲る気はないらしい。
セレスは内心でため息を吐いた。
◇
午後。
神殿専属の医師がやって来た。
年配の男性で、セレスが聖女になった頃から世話になっている人物だった。
「お久しぶりですね」
「三週間ぶりですよ」
医師が苦笑する。
「それは久しぶりではありませんね」
「私もそう思います」
神官長だけが納得していない顔をしていた。
診察は丁寧だった。
脈。
呼吸。
問診。
聴診。
体調の確認。
思っていたより長い。
だが終わりはあっさりだった。
「特に異常はありませんね」
医師が言う。
神官長が眉をひそめる。
「本当にですか」
「少なくとも現時点では」
医師は頷いた。
「疲労は多少あるでしょうが、病気を疑うような所見はありません」
セレスは小さく息を吐く。
少しだけ肩の力が抜けた。
「そうですか」
穏やかに微笑む。
「安心いたしました」
神官長はまだ難しい顔をしていた。
だが医師の言葉を疑うこともできない。
「ただ」
医師が続ける。
「無理はしないでください」
「はい」
「休養も大切です」
「承知しております」
セレスは素直に頷いた。
本当に。
今度こそ少し休もうと思った。
少しだけ。
◇
診察が終わる。
神官長と医師へ挨拶を済ませ、部屋を出た。
廊下にはユリアがいる。
壁にもたれながら待っていたらしい。
「終わったか」
「終わったよ」
ここにはもう神官長も医師もいない。
二人だけだった。
「聞いた?」
セレスが言う。
「聞いた」
「異常なしだった」
「ああ」
「だから大丈夫だって言ったのに」
少しだけ得意そうに笑う。
ユリアはため息を吐いた。
「その顔」
「なに?」
「勝ったと思ってるな」
「少し」
否定しなかった。
セレスは機嫌が良い。
分かりやすいくらいに。
「心配しすぎなんだよ」
「そうかもな」
「そうだよ」
セレスは笑う。
柔らかく。
安心したように。
「ほら、元気」
両手を広げて見せる。
子供みたいな仕草だった。
「だから安心して」
ユリアはしばらくその顔を見ていた。
確かに元気そうだ。
顔色も悪くない。
熱もない。
診察結果も問題ない。
それなのに。
なぜか胸の奥に引っかかるものが残っている。
「ユリア?」
「ん」
「まだ納得してない顔」
セレスは少し呆れたように言う。
「半分くらい」
ユリアは正直に答えた。
「なんで?」
「分からん」
本当に分からない。
理由を説明しろと言われても困る。
「考えすぎ」
セレスが笑う。
「かもな」
「絶対そう」
言い切られた。
ユリアは小さく肩をすくめる。
「じゃあ約束」
セレスが言った。
「なんだ」
「今日はちゃんと早く寝る」
「明日も」
「明日も」
「無理するな」
「善処します」
「実行しろ」
即座に返された。
セレスは吹き出す。
「あははっ」
その笑顔はいつも通りだった。
ユリアの知るセレスだった。
「分かったよ」
笑いながら頷く。
「ちゃんと休む」
「ならいい」
ようやくユリアの表情が少しだけ緩んだ。
窓から春の風が吹き込む。
廊下を優しく通り抜けていく。
「ねえ」
「なんだ」
「お腹空いた」
突然だった。
「診察で疲れた」
「元気だな」
「元気だよ」
セレスは笑う。
そして当然のようにユリアの隣へ並んだ。
「何食べようかな」
「知らん」
「付き合って」
「断ると?」
「拗ねる」
即答だった。
ユリアはため息を吐く。
そして。
「仕方ないな」
そう答えた。
セレスは満足そうに笑う。
二人は並んで歩き出した。
穏やかな午後だった。




