大丈夫
祭りの翌日。
セレスは珍しく朝寝坊をした。
と言っても一時間ほどだ。
普通の人間なら寝坊とも言えない。
だが毎日ほぼ同じ時間に起きるセレスにとっては珍しいことだった。
「……眠い」
寝台の上で呟く。
体が少し重い。
祭りではしゃぎすぎたのかもしれない。
昨日は本当に楽しかった。
焼き菓子。
果実飴。
花火。
思い出すだけで笑ってしまう。
だから少しくらい疲れるのも当然だろう。
「欠伸」
部屋へ入ってきたユリアが言う。
「出たね」
「三回目だ」
「数えてたの?」
「数えてた」
即答だった。
セレスは苦笑する。
「今日は眠い」
「知ってる」
「祭り楽しかったから」
「子供か」
「違う」
即答した。
だが説得力はなかった。
「昼寝しろ」
「しない」
「なんで」
「夜眠れなくなる」
それは一理ある。
ユリアは少し考える。
そして。
「じゃあ今日は早く寝ろ」
「それは寝る」
珍しく素直だった。
◇
昼。
聖女としての仕事は普段通りだった。
面会。
祈り。
相談。
問題なくこなす。
だが。
「聖女様、大丈夫ですか?」
神官に声を掛けられた。
「はい?」
「少しお疲れのように見えて」
セレスは瞬きをする。
そんな顔をしていただろうか。
「大丈夫ですよ」
微笑む。
いつもの聖女の笑顔。
神官は安心したようだった。
だが。
そのやり取りを少し離れた場所で聞いていた人間がいた。
◇
「疲れてるな」
夕方。
二人きりになった途端、ユリアが言った。
「疲れてない」
「疲れてる」
「疲れてない」
「疲れてる」
いつものやり取りだった。
だが。
今日は少しだけ違う。
「祭りのせいだよ」
セレスが言う。
「いっぱい歩いたし」
「そうか」
「そう」
確かにそうかもしれない。
昨日は普段より長く歩いた。
人混みもあった。
疲れる理由はいくらでもある。
それでも。
ユリアは何となく引っかかっていた。
「セレス」
「なに?」
「本当に大丈夫か」
セレスはきょとんとした。
それから少し笑う。
「大丈夫だよ」
柔らかく。
安心させるように。
「昨日も少し休んだら平気だったでしょ?」
祭りの時のことだ。
確かにそうだった。
ベンチで休んだ後は普通だった。
花火も見た。
帰りも歩いた。
問題はなかった。
「だから」
セレスは続ける。
「心配しなくていい」
そう言って笑う。
ユリアはしばらく黙っていた。
そして。
「分かった」
そう答えた。
納得したわけではない。
ただ。
今はこれ以上言っても仕方がないと思った。
◇
その日の夜。
珍しくセレスは本を開かなかった。
机にも向かわなかった。
言った通り早く寝るつもりらしい。
「おやすみ」
「おやすみ」
二人は部屋の前で別れる。
いつも通り。
何も変わらない。
セレスは自室へ入る。
着替える。
灯りを消す。
寝台へ横になる。
「……」
少しだけ体が重い。
けれど熱はない。
苦しくもない。
ただ疲れているだけ。
きっと。
そう思う。
「明日には治ってるよね」
誰に言うでもなく呟いた。
祭りの余韻が残っているだけだ。
きっとそう。
目を閉じる。
今日はすぐに眠れそうだった。
そして。
セレスは気付かなかった。
部屋の外で。
ユリアが少しだけ立ち止まっていたことに。
扉を見つめながら。
何事もなければいい。
本当に。
ただの疲れであってほしい。
そう考えていたことに。
もちろん。
そんなことを知るはずもなく。
セレスは静かに眠りについた。




