変装
「似合わない」
セレスは鏡を見ながら言った。
「そうか?」
後ろからユリアが答える。
「そうだよ」
セレスは頬を膨らませた。
明日は祭りだった。
そのため今日は変装の確認である。
聖女がそのまま街へ出れば大騒ぎになる。
だから毎年、祭りの日だけは少し姿を変える。
もっとも。
完全に別人になれるわけではない。
「帽子が変」
セレスが言う。
頭にはつばの広い帽子。
髪を隠すためのものだった。
「変じゃない」
「変」
「似合ってる」
「本当に?」
「ああ」
ユリアは即答した。
セレスは疑いの目を向ける。
「参考にならない」
「なんでだ」
「ユリアはいつもそう言う」
「事実だからな」
セレスはため息を吐いた。
そしてもう一度鏡を見る。
淡い色のワンピース。
帽子。
眼鏡。
普段よりずっと質素な服装。
確かに聖女には見えない。
でも。
「なんか落ち着かない」
「慣れてないだけだ」
「そうかな」
「そうだ」
ユリアは壁にもたれたまま答える。
今日は護衛ではない。
恋人として呼ばれている。
そのせいか少し気が楽だった。
「ユリアは?」
「ん?」
「変装」
「必要か?」
セレスは真顔になった。
「必要」
「そうか」
「必要」
大事なことなので二回言った。
ユリアは普段から地味な格好だ。
平民の服を着せても違和感がない。
だから変装にならない。
「帽子」
「嫌だ」
「なんで」
「邪魔」
「眼鏡」
「嫌だ」
「なんで」
「見える」
理由になっていなかった。
セレスは少し考える。
そして。
「あ」
「なんだ」
「髪結んで」
ユリアが固まった。
「嫌だ」
「即答」
「嫌だ」
もう一度言った。
本気で嫌らしい。
「なんで?」
「恥ずかしい」
珍しい答えだった。
セレスは目を丸くする。
「恥ずかしいんだ」
「そうだ」
「へえ」
「その顔やめろ」
面白がっている顔だった。
実際、面白がっている。
なかなか見られない反応だから。
「一回だけ」
「嫌だ」
「お願い」
「嫌だ」
「ユリア」
「嫌だ」
押し問答が始まる。
数分後。
折れたのはやはりユリアだった。
これもいつも通りだった。
「似合う」
セレスが満足そうに言った。
ユリアの髪は後ろで一つに束ねられている。
普段は下ろしているので印象が違った。
「落ち着かん」
「私は好き」
「そうか」
「うん」
セレスは本当に嬉しそうだった。
だからユリアも文句を言えない。
「祭り楽しみ?」
セレスが聞く。
「お前ほどじゃない」
「楽しみなんだ」
「少しはな」
セレスが笑う。
その反応だけで十分だった。
「私はすごく楽しみ」
「知ってる」
「焼き菓子食べる」
「知ってる」
「果実飴も食べる」
「知ってる」
「雑貨も見る」
「知ってる」
「全部付き合ってね」
「分かってる」
去年もそうだった。
一昨年もそうだった。
だから今年もそうなるだろう。
セレスは窓の外を見る。
明日の天気は晴れらしい。
祭り日和だ。
「早く明日にならないかな」
小さく呟く。
その横顔はどこか子供みたいだった。
ユリアはそんな恋人を見ながら少しだけ笑う。
「今日はちゃんと寝ろ」
「分かってる」
「本当か?」
「本当」
「祭り前日に寝不足はやめろ」
「しないよ」
セレスはそう言った。
けれど。
その日の夜。
楽しみでなかなか眠れなかったことを、ユリアは翌朝知ることになる。




