祭りの日
祭り当日。
朝からセレスは機嫌が良かった。
「おはよう」
「眠そうだな」
部屋へ入ってきたユリアが開口一番に言う。
セレスはぎくりとした。
「そんなことないよ」
「ある」
「ない」
「目の下」
指摘されて思わず目元を隠す。
昨日はなかなか寝付けなかった。
理由は簡単だ。
楽しみだったから。
「子供か」
「違う」
「遠足前の子供だな」
「違うもん」
セレスは不満そうだった。
だが否定しきれない。
少しだけ心当たりがあった。
◇
昼過ぎ。
二人は神殿を出た。
もちろん変装している。
帽子を被ったセレス。
髪を結んだユリア。
人混みの中に入れば、誰も聖女と護衛だとは気付かないだろう。
「すごい人」
セレスが目を輝かせる。
祭りの大通りは人で溢れていた。
屋台。
楽団。
大道芸。
子供たちの笑い声。
街全体が浮き立っている。
「はぐれるなよ」
「大丈夫」
「お前が言うと不安だ」
「失礼」
セレスは笑った。
その直後。
人波に押されて少しよろける。
ユリアの手が伸びる。
腕を掴まれる。
「ほら」
「……今のは事故」
「知ってる」
「だから大丈夫」
「手」
ユリアが言った。
「ん?」
「繋ぐぞ」
セレスは少しだけ目を丸くした。
街中だ。
人も多い。
少し照れる。
「嫌か」
「ううん」
嫌ではない。
むしろ。
少し嬉しい。
「じゃあ」
セレスは手を差し出した。
ユリアが握る。
温かい。
いつも通りの温度だった。
◇
「これ」
最初に立ち止まったのは焼き菓子の屋台だった。
予想通りである。
「食べる」
「知ってる」
「絶対食べる」
「知ってる」
三種類買った。
ひとつは蜂蜜。
ひとつは果実。
ひとつは木の実。
セレスは悩みに悩んで蜂蜜を選ぶ。
一口。
「おいしい」
幸せそうだった。
本当に。
「ユリアも」
差し出される。
ユリアは少しだけ迷った。
同じ場所をかじることになる。
「早く」
「……」
「ユリア」
逃げられなかった。
一口。
「どう?」
「美味い」
「でしょ」
なぜか得意そうだった。
自分で作ったわけでもないのに。
◇
その後も祭りを歩く。
雑貨を見る。
楽団を眺める。
大道芸に拍手する。
果実飴を買う。
セレスは終始楽しそうだった。
普段よりよく笑う。
よく話す。
よく立ち止まる。
「見て」
木彫りの小さな鳥を手に取る。
「かわいい」
「そうだな」
「欲しい」
「買え」
「買った」
即決だった。
ユリアは少し笑う。
こういう時だけ行動が早い。
◇
夕方。
祭りはさらに賑わっていた。
空が橙色に染まる。
屋台には灯りが点り始める。
「綺麗」
セレスが呟く。
その横顔をユリアは見た。
楽しそうだった。
本当に。
だから。
「セレス」
「ん?」
「少し休むか」
自然に言った。
セレスがきょとんとする。
「なんで?」
「歩きっぱなしだ」
「平気だよ」
笑顔だった。
いつも通り。
だが。
少しだけ顔色が白い気がした。
「座ろう」
「まだ大丈夫」
「セレス」
「本当に」
言いながら笑う。
でもユリアは知っている。
この顔は少し無理をしている時の顔だ。
「十分歩いただろ」
「でも」
「休憩」
セレスは少し考えた。
そして。
「じゃあ少しだけ」
そう言って頷いた。
広場の端にあるベンチへ向かう。
二人で腰を下ろす。
「ほら」
ユリアが水を渡す。
「ありがとう」
セレスは素直に受け取った。
一口飲む。
風が吹く。
心地良い。
「疲れたか?」
ユリアが聞く。
「少しだけ」
セレスは笑った。
「でも楽しい」
「そうか」
「うん」
それは本心だった。
本当に楽しかった。
だから余計に。
この時間が嬉しかった。
「ユリア」
「なんだ」
「来てよかったね」
セレスが言う。
穏やかな声で。
ユリアは少しだけ目を細めた。
「ああ」
短く答える。
それだけで十分だった。
祭りの灯りが少しずつ増えていく。
人々の笑い声が聞こえる。
夜はまだ始まったばかりだった。




