贈り物
セレスがユリアの誕生日を知ったのは偶然だった。
「来月?」
神殿の書類を整理していた時だった。
護衛騎士の名簿。
そこに生年月日が記載されていた。
普段なら気にも留めなかっただろう。
けれど。
名前が目に入った。
ユリア。
その瞬間だけは手が止まった。
来月。
もうすぐだった。
◇
その日の夜。
セレスは自室で悩んでいた。
「どうしよう……」
机に頬杖をつく。
贈り物。
何を渡せばいいだろう。
ユリアは欲しいものをあまり口にしない。
服にも無頓着。
装飾品もつけない。
甘いものも食べるけれど、特別好きというほどではない。
剣は論外だ。
自分では選べない。
「難しい……」
恋人なのに。
意外と思いつかない。
数日後。
セレスは書庫にいた。
休憩時間だった。
本棚の間を歩きながら何気なく背表紙を眺める。
その時。
「あ」
足が止まった。
一冊の本。
古い冒険譚だった。
見覚えがある。
以前、ユリアが珍しく読んでいた本と同じ作者だった。
手に取る。
表紙を開く。
続編だった。
思わず笑みがこぼれる。
「これだ」
決まった。
◇
誕生日当日。
セレスは朝から少し落ち着かなかった。
聖女としての仕事中は平気だった。
面会も。
祈りも。
普段通り。
けれど仕事が終わり、部屋へ戻る頃には緊張していた。
恋人なのに。
今さらなのに。
なぜか少し恥ずかしい。
扉がノックされる。
「どうぞ」
ユリアだった。
いつも通りだ。
本当にいつも通り。
「どうした」
「ん?」
「なんか変だぞ」
ばれている。
早い。
「変じゃないよ」
「変だ」
即答だった。
セレスは苦笑する。
「ユリア」
「なんだ」
「誕生日おめでとう」
そう言って机の引き出しから包みを取り出した。
ユリアが瞬きをする。
「覚えてたのか」
「覚えてた」
「誰から聞いた」
「秘密」
本当は名簿だった。
でも言わない。
なんとなく。
「開けて」
ユリアは包みを受け取った。
丁寧に開く。
中から現れたのは一冊の本。
冒険譚の続編。
しばらく沈黙が落ちた。
「これ」
「前に読んでたでしょ?」
セレスが少し不安そうに聞く。
「続きがあるって知って」
ユリアは本を見る。
表紙を見る。
題名を見る。
そして。
「覚えてたのか」
もう一度言った。
「うん」
セレスは笑う。
「ユリア、あの本読んでる時ちょっと楽しそうだったから」
ユリアが黙る。
自分ではそんなつもりはなかった。
でもセレスは見ていたらしい。
ちゃんと。
「嬉しくない?」
少しだけ不安になる。
すると。
「嬉しい」
ユリアが言った。
即答だった。
セレスの顔が明るくなる。
「本当に?」
「ああ」
「よかった」
心から安心する。
選ぶのに何日も悩んだから。
「ありがとう」
ユリアはそう言った。
短い言葉だった。
けれど。
とても大切に言われた気がした。
「どういたしまして」
セレスは少し照れながら笑う。
それから。
「ねえ」
「なんだ」
「誕生日なんだから一つだけお願い聞いて」
ユリアが嫌な予感をした顔になる。
「内容による」
「最近そればっかり」
「学習した」
セレスは吹き出した。
「大丈夫」
「本当か?」
「本当」
そして少しだけ身を乗り出す。
「今日だけ」
「ん」
「いっぱい名前呼んで」
沈黙。
ユリアが固まった。
セレスは期待した顔で見ている。
「……それか」
「それ」
「変なお願いだな」
「だって好きだから」
名前を呼ばれるのが。
ユリアに。
だから。
ユリアはため息を吐いた。
けれど嫌そうではなかった。
「セレス」
「うん」
セレスが笑う。
「セレス」
「うん」
また笑う。
「セレス」
「ふふっ」
とうとう笑い出した。
「そんなに嬉しいか」
「嬉しい」
即答だった。
「安上がりだな」
「そう?」
「そうだ」
ユリアも少し笑う。
セレスは満足そうだった。
本当に。
それだけでいいらしい。
「ねえ」
「なんだ」
「誕生日おめでとう、ユリア」
もう一度言う。
今度は恋人として。
二人きりの部屋で。
ユリアはしばらく黙っていた。
それから。
「ありがとう」
そう答えた。
その声はいつもより少しだけ優しかった。




