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【おまけ】タイミング



 神官長は休日だった。


 珍しく予定のない一日。


 書類もない。


 会議もない。


 呼び出しもない。


 だから街を歩いた。


 市場を眺め。


 広場を通り。


 人々の暮らしを見る。


 平和だった。


 それは喜ばしいことのはずなのに。


 少しだけ落ち着かない。


 結局。


 気付けば神殿へ戻ってきていた。


「職業病ですね」


 小さく苦笑する。


 何十年も神殿にいたのだ。


 簡単には抜けないらしい。



 国心環の間へ入る。


 静かな空間だった。


 中央では国心環が穏やかに輝いている。


 神官長はゆっくり近付いた。


 そして。


 そっと手を触れる。


 少しの沈黙。


 やがて。


『神官長』


 聞き慣れた声が響いた。


 セリアだった。


 だが、どこか不満そうだった。


「どうされました」


 神官長が尋ねる。


 すると。


『休んでください』


「休んでおります」


『休んでません』


「今日は休日です」


『休日に神殿へ来てる時点で休んでません』


 反論できなかった。


『別に』


 セリアは続ける。


『ここへ来るなとは言いません』


「そうですか」


『でも』


 一拍置く。


『タイミングが悪いです』



 神官長は嫌な予感がした。


「タイミング?」


『はい』


 妙に素直な返事だった。


『せっかくイチャイチャしていたのに』


 神官長は無言になった。


 しばらく沈黙。


 本当に沈黙。


「……そうですか」


 ようやくそれだけ返した。


『おい』


 今度はユリアの声が聞こえる。


『何普通に言ってるんだ』


『事実じゃん』


 セリアが返す。


『事実でも言わなくていい。向こうからこっちの様子なんてわからないんだ』


 神官長は額を押さえた。


 頭が痛い。


 色々な意味で。


 ふと思う。


 昔のセレスなら。


 こんな話はしなかった。


 少なくとも自分の前では。


 最後まで聖女であろうとしていた。


 弱音も。


 本音も。


 多くを胸の奥へ隠したまま。


 だが今は違う。


『だってタイミング悪いんだもん』


 そんな不満を口にする。


『せっかく二人きりだったのに』


 などと平然と言う。


 姿は見えない。


 どんな表情をしているのかも分からない。


 だが。


 声だけで十分だった。


 今のセリアが幸せなのだと。


 それだけはよく分かった。


「本当に変わりましたね」


 神官長が呟く。


『そうかな?』


 セリアが首を傾げるような声を出した。


「ええ」


 神官長は頷く。


「昔はもっと隠しておられました。口調も」


 少しの沈黙。


 そして。


『今は隠す必要ないから』


 穏やかな声が返ってくる。


『ずっと一緒にいられるし、誰も引き離さないし』


 一拍置く。


『だからかな』


 神官長は目を閉じる。


 その言葉だけで十分だった。


 十五年前。


 叶わなかった願い。


 それが今。


 確かに叶っている。


『神官長』


 セリアが呼ぶ。


「はい」


『今日はちゃんと休んでくださいね』


「善処します」


『休む気ないな』


 ユリアが即座に言った。


 神官長は小さく笑う。


 昔ならあり得なかった。


 だが。


 今はそれでいいと思えた。


 


 国心環は静かに輝いている。


 その向こう側では。


 今日も二人が寄り添っている。


 十五年前に叶わなかった願いを。


 今度こそ叶えながら。




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