永遠の先へ
あれから数日が過ぎた。
神殿は落ち着きを取り戻していた。
国心環は変わらず静かに輝いている。
けれど。
もう誰も接続しない。
もう誰も命を削らない。
何百年も続いた仕組みは終わった。
◇
リシュリーは国心環の間を訪れていた。
最近では日に一度は足を運んでいる。
理由は単純だった。
国心環へ触れれば。
二人と話せるからだ。
そっと手を伸ばす。
国心環へ触れる。
温かな感触。
少し待つ。
すると。
『リシュリーさん』
聞き慣れた声が響いた。
リシュリーは自然と笑みを浮かべる。
「こんにちは」
『こんにちは』
セリアの声は今日も穏やかだった。
『神官長も来た』
ユリアの声が聞こえる。
振り返ると。
神官長がちょうど部屋へ入ってきたところだった。
神官長が国心環へ触れる。
「お二人ともお変わりないようで何よりです」
『変わりようがないんだけどね』
セリアが苦笑する。
『魂みたいなものだから』
『オレもその辺はよく分からん』
ユリアが返す。
リシュリーは思わず笑った。
『そういえば』
セリアが不意に言う。
『この前はありがとう』
「この前?」
リシュリーが首を傾げる。
『お父さんとお母さん』
その言葉で理解した。
セリアの両親への説明のことだ。
「ご覧になっていたのですか」
神官長が尋ねる。
『うん。繋がっているから見える』
セリアは素直に答えた。
『最初から最後まで』
少しだけ沈黙が落ちる。
『怒ってたね』
小さく笑う。
『そりゃそうだよね』
神官長も頷いた。
「ですが最後は受け入れてくださいました」
静かな声だった。
『うん』
セリアも答える。
『見てたから。泣いてたなぁ』
少し寂しそうな声。
『心配かけちゃった』
「魂の誓約も問題なく結んでいただけました」
神官長が言う。
神殿関係の事を他言する事を禁ずる、魂をかけて誓う契約だ。
セレスの事、セリアの事を神殿長とリシュリーが両親に話したのだ。
『お父さん最後まで疑ってたけどね』
セリアが笑う。
『信じるしかない状況だったからな』
ユリアが言った。
『あれは仕方ない』
その言葉に。
三人とも小さく笑った。
「今も見えているのですか?」
リシュリーが尋ねる。
『うん』
セリアは迷わず答えた。
『お父さんもお母さんも、神殿も街も』
優しい声だった。
『みんな見えてる』
国心環と繋がった二人は、国を見守っている。
人々の暮らしを。
誰かの笑顔を。
誰かの涙を。
静かに。
穏やかに。
「寂しくありませんか」
気付けばリシュリーは尋ねていた。
姿もない。
触れることもできない。
そんな在り方を。
自分なら耐えられるだろうか。
少しの沈黙。
最初に答えたのはユリアだった。
『別に』
短い返事。
『隣にいるしな』
一瞬の静寂。
それから。
『ちょっと』
セリアの呆れた声が響く。
『もっと他に言い方あるでしょ』
『本当のことだろ』
『そうだけど』
照れたような声だった。
リシュリーは思わず吹き出す。
神官長も僅かに口元を緩めた。
十五年前。
叶わなかった願いがあった。
もっと生きたい。
もっと一緒にいたい。
愛する人と同じ時間を歩みたい。
けれど今は違う。
その願いは叶っている。
二人は共にいる。
もう二度と離れない。
『リシュリーさん』
セリアが呼ぶ。
「はい」
『今までありがとう』
優しい声だった。
どこまでも穏やかで。
幸せそうな声だった。
リシュリーは微笑む。
「こちらこそ、ありがとうございました」
◇
国心環は静かに輝いている。
もう聖女を縛ることはない。
もう誰かの命を求めることもない。
それでも。
人々の願いはそこにある。
悲しみも。
希望も。
未来も。
全て。
そして。
その傍にはいつも二人がいる。
聖女と護衛ではなく。
セリアとユリアとして。
寄り添いながら。
人々を見守りながら。
これからも。
ずっと永遠に。
― 完 ―




