聞こえた声
リシュリーは国心環の前に立っていた。
静かに輝く国心環へ手を伸ばす。
そっと触れた。
その時。
『リシュリー』
「っ!?」
突然声が聞こえた。
リシュリーは反射的に手を離す。
後ろへ下がった。
心臓が激しく鳴る。
今のは。
確かに聞こえた。
「聖女様?」
神官長が声をかける。
「どうなさいました」
リシュリーは辺りを見回した。
誰もいない。
国心環の間には自分と神官長だけ。
「今……」
声が震える。
「聞こえました」
「何がです」
「セリアさんの声が」
神官長の表情が僅かに変わった。
リシュリーは再び国心環を見る。
聞き間違いだろうか。
いや、あの声を間違えるはずがない。
ゆっくりと手を伸ばす。
そして再び国心環へ触れた。
『あ、聞こえてるみたい』
柔らかな声が響く。
今度ははっきりと。
間違いなく。
聞こえた。
リシュリーの目に涙が浮かぶ。
「セリアさん……?」
『うん』
優しい返事だった。
『元気そうで良かった』
その声を聞いただけで。
涙が零れそうになる。
リシュリーは慌てて振り返る。
「神官長!」
「はい」
「神官長も触ってください!」
神官長は少しだけ眉をひそめた。
「触れば分かります!」
その必死な様子に。
神官長は何も言わず国心環へ近付いた。
そして静かに手を触れる。
その瞬間。
『神官長』
声が聞こえた。
穏やかな声。
聞き慣れた声。
忘れるはずがない。
神官長は目を見開く。
『ご心配をおかけしました』
「……セリアさん」
思わず呟いた。
しばしの沈黙。
そして。
少しだけ楽しそうな声が返ってくる。
『ユリアも居ますよ』
『2人とも、無事だ』
ユリアの声も聞こえてきた。
神官長は何も言わなかった。
ただ静かに目を閉じる。
それだけで十分だった。
神官長はゆっくり顔を上げた。
「ユリア殿」
二人ともいる。
消えたわけではない。
その事実だけで。
胸の奥にあった重石が少しだけ軽くなる。
「どこにいらっしゃるのですか」
神官長が尋ねる。
少しの沈黙。
やがて。
『それが』
セリアが困ったように笑う。
『私たちもよく分からないんです。気付いたらここにいて、気付いたら国心環と繋がってました』
「説明になっていませんね」
神官長が即座に返す。
すると。
『私もそう思います』
セリアが真面目に答えた。
そのやり取りに。
リシュリーは思わず吹き出した。
『でも一つだけ分かることがあります』
セリアの声が少し真面目になる。
リシュリーも神官長も自然と姿勢を正した。
『国心環は正常です。もう聖女が命を削る必要はありません』
静かな言葉だった。
けれど。
その意味は重い。
何百年も続いた犠牲。
何百年も続いた仕組み。
それが終わった。
『だから安心してください』
セリアは優しく言う。
『これからは私たちが見ています』
リシュリーは国心環へ視線を向ける。
白い光が静かに揺れていた。
昔とは違う。
けれど消えてはいない。
そこに確かに二人がいる。
そんな気がした。
『それと』
セリアが何かを思い出したように言う。
『リシュリーさん』
「はい」
『聖女のお仕事、よろしくね』
リシュリーは目を瞬く。
そして。
少しだけ笑った。
「はい」
今度は迷わず答えた。
「頑張ります」
その返事に。
セリアは嬉しそうに笑った気がした。




